プログラム報告
Rapotoj de Programeroj
00. 分科会・分散会概要
黒柳吉隆
分科会・分散会と総称して区分があいまいであったので、今回は、大会主催者(JEI、KKK、LKK)主催のものを分散会、各団体個人の主催するものを分科会として区分した。分科会は、開催責任を明確にするために、1枠(1室、1.5時間)につき、1,000円の登録料を設定した。また、参加者に事前に計画が立てやすいように、「直前情報」に織り込むためとKongreslibro
にプログラムを記載するために、申込み期限を8月31日とした。
全体会の時間配分から重なりを避けて、枠を金曜日の夕方に1枠、土曜日の午前に、10時から1枠、日曜日の午前に9時から2枠とし、それぞれの間に移動時間10分を設定した。土曜日の午後の開会式前に記念写真撮影を予定したので、12時30分には、開会式会場に移動を開始してもらうためと、土曜日から参加する人の便宜を考えて、土曜日の午前を1枠のみにしたが、会場の有効利用と分科会の重なりを避けるために日曜日と同様に2枠を設ける方が良かったかもしれない。評価が分かれるところである。ただし、会場の開場と同時に開始は、参加者の協力がないと混乱することを経験した。
開催希望枠と参加予定人数を申し込み時に届けてもらい、枠と部屋の割り振りをしたが、一部の分科会を除いて、申込者の希望通りに配分できた。また、「他のプログラムを見てから、希望枠を決めて申込みをしたい」という希望もあったが、参加者が重なりやすい分科会を特定して、「重ならないように」とか、「連続して」という要望には配慮した。しかし、いつものことであり、かつ、やむをえないことではあるが、ある人にとっては、「参加希望する番組が重なってしまって困った」という声も聞かれた。10月の連休を利用して4日間開催という方法も検討の余地があるかもしれない。
分科会に必要な器材(パソコン、プロジェクター、スクリーンなど)も、「LKKへの要望」という項目で調査したが、前もって対応できたものと直前または当日急遽借用して対応したものがある。
開催数
分散会:(JEI)12、(KKK)1、(LKK)8
分科会:27(内、記載後の中止 5、期限後の追加 2)
中止の主な理由は実施責任者が病気や急用で参加できなくなって実施できなくなったからである。「実施責任」という意味では、申込み登録要件として、個人での登録を避けることが必要であろう。また、登録料をもっと高額に設定して、実施後に一部または全額を返還するという方法も検討すべきかもしれない。
01. Ekskurso: Memordomo de SUGIHARA Tiune
ven. 12:50-17:00
大会遠足「杉原千畝記念館を訪ねる」
参加者 82
報告者 斎木昌代
当日は晴天に恵まれて、遠足びよりでした。1時に時間厳守で出発予定だったが、列車の遅れもあり10分ほど待ってから出発した。姫観光KKのバス2台に分乗、1号車は関東以北、2号車は中部以西と外国人である。人道の丘に到着してすぐに、“平和を奏でるモニュメント”が演奏を始め、みんなでそれを聴く。音楽が終わってから記念撮影。自分のカメラでも撮りたい人が多くて少し時間を超過した。その後1号車は杉原千畝記念館を見学、2号車は隣の山荘(研修室)で千畝についてのビデオを見て館員の話を聴く。みんな興味深く熱心にビデオに見入っていた。それぞれ約40分ずつ、場所を交代して見学した。帰りは予定の15時40分に出発し16時30分にフロイデに到着。その後、バスは各ホテルを廻って参加者を下ろし、最後はフロイデに戻って無事終了した。2号車は、帰りのバスの中で田平正子さんがビデオや館員の話をエスペラントに要約してくださり、外国人も理解を深められたことと思う。記念撮影でカメラにフイルムが入っていなかったというハプニングもあったが、竹花人さんのおかげで、きれいな写真が参加者に届けられ・u桙驍アとになった。
参加者の皆さんは心温かく、とても協力的でそのおかげで何とか無事に終えられたことに深く感謝しています。
この遠足はリトアニアと結びついて他のいくつかの企画を生み出し、大会の最後にはArta
Kunveno で犬山の新しいエスペランチストによって杉原千畝のことを大会参加者に紹介できたことはとても意義深いことだったと思う。
02. Promenado en la malnova urbo Inuyama
ven. 13:00-17:00
市内散策「国宝犬山城から日本ラインを眺める」
参加者 28
報告者 山本 修
担当の猪飼吉計と山本修は9月16日に散策コースの下見をした。先ず犬山商工会議所で観光地図をもらい、猪飼は一輪車で、山本は徒歩で旧市街を巡った。2〜3時間でゆっくり回れるコースである。実施日は犬山祭りの前日だから大変な混雑はないだろうと推測した。
市内散策は10月22日(金)に実施された。参加者は予想外に多くなった。というのもこの日は杉原千畝記念館への遠足もあり、そう大きな観光地でもないので単独行動される方も多いのではないかと思っていた。参加者は大会会場「フロイデ」で荷物を預け、身軽になって1時30分出発。前日までの台風の影響を心配していたが、当日は晴天となりほっとする。犬山駅を越えたころから、ゆっくり組と健脚組に分かれる。
犬山の古い町並みをぶらぶらしながら、最初の目的地、国宝茶室「如庵」を見学、わびさびの雰囲気に浸る。茶道に興味のある人にはたまらない。次は国宝犬山城。天守閣からの眺望はまことに素晴らしい。しかし、城内の階段はどれも急で息が上がる。次がからくり展示館。からくり人形の精巧さにびっくりする。明日の犬山祭りで実演を是非見てみたいものである。最後の犬山文化資料館では秋の特別展として犬山城主成瀬家の宝物や犬山の文化財を見学した。
犬山城に通ずる旧道は秋祭りために山車や露店が準備をしていた。道沿いの電線は山車が通れるように高くしてあるし、道幅も昔のままで狭い。市は広くしたいのだが、歴史を残したいという住民の反対で頓挫しているとのこと。帰りは別のコースを散策しながら大会会場に帰り、5時解散。
03. Salono por komencantoj sab. 10:00-11:30,
dim. 9:00-10:30, 10:40-12:10
初心者サロン 参加者:第1回 19名、第2回
27名、第3回 21名、延べ67名
報告者 石川一也
初めに、山田シマ子が「初心者サロン」の趣旨について話した。
石川一也が自分のエスペラント学習のきっかけについて話す。その中に、エスペラント学習には勇気が必要であること(外国人にも思い切って話しかける)、Esp
学習には、「表現する」(書く、話す)が大事、特に「書く」は「ゆっくり話す」こと、最近ならメールをたくさん書くということ、書くことを多くしている人は、本、雑誌を読んでも吸収力が違う、などを話す。
パソコンを使って、"Kurso de Esperanto"
を見せて説明した。出席者からは、質問が出たり、笑い声も出て楽しく話せた。
大石陽が、エスペラントと英語などを比較しつつ、エスペラント学習の容易さについて話す。ポケットスクール「エスペラントって何?」を用いて発音、文法などを説明した。(出席者全員に、この冊子が配られた。)
小川一夫が、パスポルタ・セルボで外国旅行をした体験、外国のエスペランティストを自分の家に招いたことなどを話した。(小川が用意してきた、エスペラント関係のリンク集を入れたCDを希望者に配った。)
最後にみんなで、"La Hejmloko"
を歌った。
出席された方たちがエス学習を深めることを期待する。
報告者 山田シマ子
初心者サロンは、準備の段階から、「どれだけの人が来てくれるだろうか?
どんな風に進めたらよいか? 何を準備したら…」等々、お願いした石川さんとメールでやりとりして準備を始めました。出席してくださった人たちが、「エスペラントって楽しそう、参加して良かった、これからエスペラントをやるぞ〜」という気持ちになってくれるようにと。
受付で、お名前と住所を書いてもらいました。出席者は、「エスペラントを長くやっているのだけどなかなか進歩しなくて」、半年前とか1年前から、「エスペラントの講演を聴いて」などなどでした。また、犬山講座に出られた方々や、扶桑町のエスペラントグループ
Rondo SONKISOJ のメンバーも出席しました。
初めに私が、「国際語エスペラントへの招待」の冊子を使って案内しました。エスペラントの地方大会、日本大会、アジア大会、世界大会、そしてエスペラントでの旅行(パスポルタ・セルボ)、文通などについて話しました。勉強するには、地方会に属する、本で学ぶ、沼津の通信講座がある、パソコンでも学ぶことができることなどを紹介し、エスペラントの概要をお話ししました。そして、みなさんと"La
Hejmloko" を歌いました。
もうひとりの担当者大石陽さんは、自分で作った「エスペラントって何?」というポケット冊子を使って、発音や文法、英語との比較などを話しました。(用意した50冊を全部配りました。)石川さんはパソコンを使って話しました。質問も多く出て、パソコンの画面を示しながら、講師と参加者との間で生き生きとしたやりとりがあり、時には笑い声も出て、楽しい雰囲気でした。
参加者のうち、名古屋近郊の方が13人でした。この人たちがこの地方でこれから活躍してくださることを期待します。そして全国から参加のみなさんにも期待します。
04. Komuna fotado
sab. 12:30-12:50
記念写真撮影
Partoprenantoj kolektigxis kaj sidigxis en
la halo Zamenhof. Gxuste je 12:48 kaj je
12:50 oni fotis.
05. Malferma Soleno sab. 13:00-14:00
開会式
報告者 山田 義
開幕の Al la Gxojo の合唱を定刻通りに歌い始めて終わった。茨城大学で最近エスペラントを始めたという足立裕美さんと合唱団全員で開会宣言をして拍手をもらった、その後で委員長が来賓7人を案内して会場に入ってきた。後で聞いてみると、控え室で会場から聞こえてきた歌声はリハーサルかと思ったそうだ。大切な客席の最前列を空席にしたまま始めてしまった。最初からとちってしまった。
大会会長の柴山純一さんはあいさつの中でEUの歌がこのベートヴェンのメロディーで歌われることや2年後にヨコハマで世界エスペラント大会の開催が決まっていることなどに触れた。
来賓はひとりずつ、司会の糸魚川美樹さんに紹介され拍手の内に登壇。大会会長はあいさつを終えたらそのまま壇上で来賓を待つようにと、進行係としては事前にe-メールで丁寧に運びを説明したつもりだったが、気が付くと降りてしまっている。司会者が戸惑ったが司会のことばは予定どおり進んだ。
ピアノ伴奏を終わったアンドレイさんは気を利かせて名を呼ばれなくても着席した。紹介を忘れていたことに気が付いた司会者が彼の名を呼んだ。しかもにこやかにちょっと謝りながら。この司会者はこういうことができる人だ。
国別や地方別に国外内の参加者にその場で立ってもらってお互いに歓迎の時があった。犬山市助役の渡邊昭美さんからあいさつをいただいた。さすが国際観光都市を名乗る犬山市を代表する方の話しっぷりだ。犬山を愛する思いに満ちたことばでエスペラント大会を歓迎してくださった。つづいて司会者は、寄せられたメッセージが大会手帳Kongreslibro
に載っていることを知らせた。
柴山純一さんから国内の運動の報告がなされた。全員が立ち上がった中で物故者の名前が読み上げられた。去年の日本大会ではこの番組がなかったので2年分となった。日本語では黙祷というが、エスペラントではsilenta
staroという言葉が使われた。30秒の黙祷のあと、実行委員長の黒柳吉隆さんがあいさつに立った。「エスペラント語で共に生きる歓びを」"Gxjou
kaj Kunvivu Esperante" というテーマで。
最後は、合唱団が舞台に立ってピアノに合わせてラ・エスペーロを会場全体が歌った。
来賓について
報告者 黒柳 吉隆
大会のご来賓は、リトアニア共和国駐日大使、アルギルダス・クジス大使と犬山市の渡邊昭美助役(市長の代理)である。12時30分に玄関においでくださるように案内をしていた。しかし、大使は前日に訪ねて来られ、助役はご自分の領域であるので、20分ころには、すでに、2階の大会サロンの会場に来られて見学された。一方、外国からの参加者で、開会式の舞台にあがっていただく方々は、犬山の姉妹都市デービス市のヘンリー・ストゥーダーさん、講演をいただくヤクヴォ・シュラムさん、リトアニアのポヴィラス・エゴロヴァスさん、ベトナム代表のドゥオン・トゥ・キエウさん、ピアノ演奏会を持っていただくアンドレイ・コロベイニコフさんである。これらの方々には、予め、控室に12時30分に集合いただくように案内を入れておいた。
控室では、大会会長で(財)日本エスペラント学会理事長の柴山純一さん、実行委員長の黒柳吉隆と開会式司会者の糸魚川美樹が皆さんをお迎えした。記念写真撮影の準備ができるまで、皆さんの紹介と歓談をしながら、市からお土産としていただいた「犬山焼」をお渡しした。
なお、開会式での渡邊助役のご挨拶要旨(日本語)、柴山会長(エスペラント語)、黒柳委員長(エスペラント語)の挨拶要旨をいただいていたので、訳したものをそれぞれにお渡しした。
式典の後、クジス大使は、控室でご休憩、渡邊助役は、そのままお帰りになった。
06. Prelego de Litova ambasadoro d-ro A.
Kudzys sab.
14:00-15:15
公開講演「公開講演・リトアニアと日本」(A・クジス駐日リトアニア大使)
報告者 米川五郎
クジス大使(Dr. Algirdas Kudzys)はリトアニアの現状を示す多数の図表・美しい風景・民俗衣装・名物料理等の写真上映の下に、流暢な日本語による明快かつユーモアに富む講演で、満員の聴衆を魅了した。
講演の前に、大使のリトアニア語による tri
minutoj 挨拶、Povilas リトアニア・エスペラント協会会長のエス語訳、土居智江子氏の日本語訳による、鮮やかな三つの言語リレーが拍手で迎えられた。大使の講演の大要は次のようである。
〈リトアニアの歴史と現状〉リトアニアの名前が歴史に登場するのは約千年前であり、リトアニア国家が成立するのは13世紀の半ばである。14世紀末から15世紀初頭にかけてはバルト海から黒海に及ぶヨーロッパ最大の国家であったが、その後リトアニアは地図の上から消えたり、また現れたりを繰り返してきた。ヨーロッパの中心点はリトアニア内に位置し、欧州での南北方向の大きな移動は常にリトアニアの地を通って行われてきた。長い歴史を経て、1918年リトアニアは独立を宣言した。その後、ソ連、ポーランド、ドイツ、ソ連の占領が継続し、1990年国家独立回復宣言がなされた。リトアニアの現状については、人口は370万人、面積は北海道の8割の大きさであり、その54%は農地、30%は森林である。湖沼が多く「森と湖のおとぎ話の国」と呼ばれている。高い山がなく平野は肥沃で、農耕に適し、食糧は豊かである。リトアニアの主要言語はリトアニア語である。リトアニア語はラトヴィア語とともにインド・ヨーロッパ語族のバルト語派に属し、祖語のサンスクリットに近いという。
〈リトアニアと日本の交流〉1939年、カウナスに日本領事館が設置され、副領事として赴任した杉原千畝は1940年夏、ナチスから逃れてきたユダヤ人に、独自の判断により日本通過のビザを発給し、約6千人のユダヤ人を救った。杉原千畝の偉大な人道的行為に対し、リトアニア政府は首都ヴィリニュスの通りの一つをスギハラ通りと命名し、さらに市の中心部の川岸に桜通りを目指して苗木を植えた。カウナスの旧領事館は杉原記念館及び日本語教育センターとして、親しまれている。リトアニアと日本との交流は年々密接となり、日本語を学ぶ人が増加しており、両国交流の友好団体がいくつも誕生している。2005年の愛知万博にはリトアニア館が開設される。同館は観光とともに杉原千畝による両国の絆に力点を置くという。
講演の要旨のエス語訳が土居智江子氏により行われた後、クジス大使はエス語により、2005年、リトアニアで開催の第90回UKへの参加を呼びかけられた。生まれて初めてという大使のエスペラントは文章・発音、ともに素晴らしく、大きな拍手喝采を受けた。
Parolpartoj de litova ambasadoro
el la retlisto "Landa Agado"
Raportanto: P. Jegorovas, Prezidanto de Litova
Esperanto-Asocio
Kiel estis informita pli frue, la 23-an de
Oktobro, 2004 ambasadoro de Litovio en Japanio
prof. habil dr. Algirdas
KUDZYS faris paroladon dum la 91-a Japana
Esperanto-Kongreso en tri lingvoj (litova,
japana kaj Esperanto). Cxi-tie
estas prezentata komenca parto de parolado
farita en litova lingvo kaj fina parto de
la parolado farita en Esperanto:
Estimataj gesinjoroj,
Mi dankas pro la invito partopreni en Via
forumo kaj salutas cxiujn adeptojn de Esperanto
en Japanio, kunvenintajn al
jara kongreso. Por mi estas speciale agrable
reprezenti mian landon - Litovion, en kiu
antaux pli ol cent jaroj
formigxis ideo de tiu-cxi lingvo. En 1885
en Litovio logxinta doktoro Ludoviko Lazaro
ZAMENHOF fundamenton de Esperanto
publikigis en Varsovio en 1887. Pro tio,
laux mia opinio, ne hazarde la 90-a Universala
Kongreso de Esperanto okazos en
2005 en cxefurbo de Litovio Vilnius.
Miljaran historion de memstara sxtato havanta
Litovio cxi-jare post longa interrompo revenis
al familio de Euxropaj
sxtatoj farigxanta plenrajta membro-sxtato
de Europa Unio. Malgraux sia malgrandeco,
tamen estanta en centro de Europo
Litovio estas grava cxeno, helpe de kiu evoluas
kulturaj, edukaj kaj negocaj rilatoj inter
Europa Oriento kaj
Okcidento. Litovion kun Japanio ligas antaux
la Dua mondmilito en Litovio rezidinta
japana diplomato Tiune SUGIHARA,
liverinta pli ol 6000 "vivovizojn"
al fugxantaj de holokauxsto homoj de juda
nacieco. Uzante la okazon hodiaux mi
deziras pli vaste konatigi Vin kun Litovio,
gxia historio, kulturo kaj gxiajn ligojn
kun Japanio. (Tradukis el litova
lingvo Povilas JEGOROVAS)
Fina parto de la parolado:
Estimataj gesinjoroj,
Mi tutkore dankas Vin pro la invito partopreni
Vian interesan arangxon. Permesu al mi saluti
cxiujn japanajn
esperantistojn, precipe gekongresanojn, kaj
transdoni same al Vi salutojn de litovaj
esperantistoj.
Al mi estas ege agrable, ke litova esperantistaro
kontribuas multe la tutmondan esperantistan
movadon, precipe nun,
kiam oni faras preparlaborojn por la Universala
Kongreso, okazonta en Vilnius, cxefurbo de
Litovio. Mi invitas Vin
cxiujn partopreni la kongreson kaj ekvidi
nian landon.
Do, bonvolu veni cxe ni.
クジス大使の講演について
米川五郎
はじめに
本稿では公開講演についてのクジス大使の構想、大使の杉原千畝への思い、大使についての感想など、自由に記すことにしたい。
1 「公開講演・リトアニアと日本」の構想
10月22日、黒柳文子さんのハイブリッド車に大使と私が同乗して、一日がかりの八百津町見学を行った。その間、大使は日本語が堪能なために、自由にいろいろなお話を伺うことができた。その中で、「講演」の進め方について、話し出された。「講演」の初めに、10分ほど、リトアニアについてのビデオを上映し、皆さんにある程度リトアニアについて知って頂いてから、講演に入りたいこと、次に講
演の最後に、エス語による講演の要約があるが、その後に大使がエス語で挨拶をしたいが、それは可能か、という問いかけであった。直ぐに文子さんと話したところ、図表や写真の収録されたCDは届いているが、大使の言われたビデオは届いていないことが判明したため、大使は始めの方の要望はすぐ撤回された。最後のエス語の挨拶は是非、お願いしたい旨を伝えたところ、大使は早速エス語の挨拶の原稿を私たちに渡された。実に立派な文章であり、感心したことを伝えると、リトアニアの
Povilas 会長にメール等で指導して頂いたとのことであった。
始めのビデオの件から考えられるように、大使はリトアニアについて、日本人にいろいろなことを知って欲しいという思い入れが、大きいように思われた。これは講演中に映し出された、リトアニアのさまざまな図表や自然・市街・民俗・文化等々の写真の数の多さにも窺われるようである。リトアニアの歴史については、地図の上で、リトアニアは消されたり、また復活したりということを、これまで何度も何度も繰り返してきましたという大使の話は、車の中でも、講演の中でもお聞きした。ヨーロッパの中の大移動は常にリトアニアの国を遠慮なく通って行われて来たのだ、ということを悲しそうに話された。
2 杉原千畝への思い
杉原千畝が約6千人のユダヤ人を救うという偉大な人道的行為を成し遂げたのはカウナスの地であった。大使はカウナスの生まれであり、杉原千畝記念館に置かれた日本語の千畝の伝記を見ながら、それらの何冊かはすでに読まれたということであった。講演について、大使館の大使秘書の生明(あざみ)さんと何度も折衝を重ねたがその中で、大使が杉原千畝記念館参観とともに、千畝の出身地である八百津町そのものにも強い興味や関心を持たれていることが、明らかとなった。そこで、斎木彰さんにお願いして、同町役場と連絡をとり、黒柳夫妻・山田夫妻・斎木夫妻と私と同町にでかけ、大使の八百津町見学計画ができ上がった。記念館や「命のビザ」のある人道の丘から谷底を見るように役場等のある平地を見下ろした時、大使はリトアニアの一番高い山は300m足らずで、丁度この丘のようなものだと言われた。とにかく八百津町見学を大使はとても喜ばれたようであった。千畝の母堂の生家訪問についても喜ばれたが別稿に記したので省略したい。
3 大使についての感想
本稿が長くなったため、一つだけ感想を記すことにしたい。何よりも大使の流暢な日本語に驚嘆した。大使は黒柳さんの車のナビゲーターを見ながら、最近、「道なりに行く」という言葉を覚えたと言われた。つい、言いなりになるということを御存知ですかと、言った途端、大使は言われた。「妻の言いなりになると言いますね。」私は一言もなかった。講演・大使担当として、貴重な経験を持ち得たことを感謝しつつ、報告を終わることにしたい。
クジス大使の略歴は次のようである。
クジス・アルギルダス(Dr. Algirdas KUDZYS)
1956年7月24日生まれ
母国で修学後、日本に留学、北海道大学大学院で5年間研究し、
工学博士号を取得した。専攻は建築学、とくに耐震構造。
2000.9〜2001.12 ヴィリニュス ゲディミナス工科大学教授
2000.12〜2001.7 ヴィリニュス県知事
2001.11〜 リトアニア共和国駐日特命全権大使
2002.9〜 リトアニア共和国駐比特命全権大使兼任
なお大使夫人は札幌生まれの日本人.
クジス大使の日程について
報告者 米川五郎
クジス大使は10月22日、23日の2日間第91回日本エスペラント大会に参加された。
10月22日 予定通り新幹線のぞみで来名された大使を名鉄電車で犬山に案内し、待機されていた黒柳文子さんの車に同乗した。黒柳さんには、この日一日大使担当とともに運転手も兼ねて頂いた。この日の大使の日程は、1)杉原千畝記念館参観、2)八百津町見学、3)八百津町長表敬訪問であり、犬山から車で約40分の八百津町に向い、先ず記念館を参観した。記念館では、纐纈秀行館長(八百津町産業振興課長)、伊佐治貢氏(商工交流振興係)、ロッテム・ポラズ氏(イスラエル国際交流員)の出迎えを受け、ゆっくり参観することができた。大使は杉原千畝について深く研究されていることが窺われた。記念館の傍らの和食食堂で昼食後、館長・伊佐治氏の先導により、丸山ダム・旧発電所の資料館を丁寧に見物後千枚田の上代田棚田を見下ろす高台の岩井家を訪ねた。杉原千畝氏の母堂の生家で、当主の岩井夫妻が千畝氏の思い出などをいくつか話された。この後、大使は同町役場で、赤塚新吾町長の歓迎を受けた。
10月23日 午前中、大使はホテルの近くの犬山城を見物されてから、大会会場へ4〜5km、二輪つきの旅行鞄を後に曳きながら歩いて来られた。昨夜は、居酒屋やカラオケを
Povilas
会長と一緒に楽しまれたとのことであった。リトアニアの一番のスポーツはバスケットであり、大使同様大きな体格の人が多いという。講演前の控室で、
大使は Povilas 会長の指導により、 講演の最後のエス語の挨拶について、
何度も練習されていた。講演終了後、アンドレイ・コロベイニコフさんのピアノ演奏の前半を聞かれて、帰途につかれた。
謝礼無しで講演を快く引き受けて下さったクジス大使、大使秘書・生明れい子氏、講演の通訳を引き受けて下さった土居智江子氏に、心から御礼申上げます。
07. Piano-Recitalo de Andrei Korobeinikov
sab. 15:30-17:00
ピアノ演奏会 アンドレイ・コロベイニコフ(ロシア)
Partoprenis cx. 200 inkluzive de cx. 30 ne-esperantistoj
Raportanto: KIKUSIMA Kazuko
Andrei KOROBEINIKOV ludis pianon.
La repertuaro estis jene:
Beethoven Sonato #23 op. 57 Appassionata"
Skryabin Sonato #4 op. 30
Chaikovskii el "La Sezonoj"
op. 37-bis
januaro, februaro, junio, novembro, decembro
kaj bisajxoj:
Musorgskii "En la vilagxo"
Musorgskii (pianigita de A. Korobeinikov)
Gopak
En la dua parto li por prezenti la titolojn
de monataj eroj rakontis pri la vivo en Rusio.
Cxeestintoj ricevis la programbrosxuron enhavantan
la longan intervjuon kun li kaj repertuaron
de 7 publikaj koncertoj.
Ankaux disdonita estis informilo pri
la produkto de 3 KD-oj (=kompakta disko)
ne-por komerco.
08. Prelego de s-ro jakvo schram "La
Hundo de Flandrio"
kun la interpretanto MAKINO Tetu
sab. 15:30-17:00
公開講演 「フランダースの犬」ヤクヴォ・シュラム(ベルギー)
Partoprenis 56
Raportanto: TAHIRA Masako
S-ro Jakvo SCHRAM, el Antverpeno, Flandrio
en Belgio, en Esperanto prelegis pri la aktualaj
lokoj pri la fama rakonto "La Hundo
de Flandrio" verkita de Ouida (Marie-Louise
de la Ramee) en 1872. Li prezentis bildojn
de si mem fotitajn sur la lokoj per komputila
sistemo Power Point. Lian prelegon akompanis
la interpreto de s-ro MAKINO Tetu en la japana
lingvo por neesperantista publiko.
La rakonto temas pri orfa knabo Nello kaj
orfa hundo Patrasx, kiuj iris vendi lakton
el vilagxo Hobokeno al urbo Antverpeno en
Flandrio. Nello tre adoris pentrajxojn de
Peter Paul Rubens (1577-1640), kiuj trovigxas
en Antverpena Katedralo, sed li ne povis
apreci la pentrajxojn kovritajn kontraux
malricxuloj. Li estis en la fundo de malricxeco
sed ne malfelicxa knabo havante la avon Jehan,
la hundon Patrasx, amikinon Alois. En la
rakonto cxiuj mortas escepte de Alois pro
senhelpemo de la socio.
Onidire la rakonto ne tre placxis al belgoj
pro troa mizereco, sed japanoj antaux 30
jaroj prezentis la rakonton libre,
televide. Fine en 2003 kun japana sponsoro
Antverpena registaro starigis monumenton
de Nello kaj Patrasx antaux la Katedralo.
La preleganto Jakvo prezentis ne nur la cxiutagan
vojon de la knabo kaj la hundo, sed ankaux
la historian sinon de la epoko nomata "romantika"
kun burgxoj kaj proletoj, kapitalismo kaj
socialismo, tiama vivo en naturo kaj nuna
vivo en artefarita komforto. Li estas preta
cxicxeroni esperantistojn inter Hobokeno
(lia naskigxloko) kaj Antverpeno (lia logxloko)
en 7 kilometroj da itinero, kie Nello kaj
Patrasx cxiutage laboris.
Jxus eldonita de Flandra Esperanto-Ligo estas
esperanta traduko de "La Hundo de Flandrio"
fare de belga s-ro Lode Van de Velde, logxinta
en Japanio antaux kelkaj jaroj kiel profesia
esperantisto.
報告者 牧野 哲
SAT執行委員長のヤクボ・スヒラム氏が、日本でよく知られている「フランダースの犬」の物語の舞台ベルギー・フランドル地方の風景やフランドル犬の写真を多数見せながら、土地の風土、人びとの生活について語った。彼の熱弁と美しい写真のかずかずに、聴衆は魅力された。日本語通訳は理解の助けになった。
講演後、いくつかの質問が出され、ヤクボ氏はていねいに答えた。聴衆一同感激して大きな拍手で講演を終了した。ヤクボ氏がベルギーから持参した「フランダースの犬」のエス訳本は、大人気であった。
LA HUNDO DE FLANDRIO
resumo de la prelego
jakvo Schram naskigxis en la distrikto Hobokeno
(parto de Antverpeno) en 1946. Neniam li
auxdis la rakonton de Nello kaj Patrasx,
gxis en la 70-aj jaroj fama desegnisto de
komiksoj (Suske kaj Wiske) desegnis historieton
pri hundo de Flandrio. La rakonto ne ricevis
pli da atento ol iu alia historio. Krom en
Hobokeno kie oni komencis kompreni, kion,
tiom da japanaj vizitantoj sercxis en la
disktrikto. La disktriktkonsilantaro komencis
esploron kaj malkovris ke ekzistis tre bela
historio de knabo kun hundo kiu vivis en
Hobokeno en la 19-a jarcento. Por kontentigi
la multegajn japanajn vizitantojn oni metis
statuon pri la du amikoj en "kapelstrato"
(pregxeja strato)de Hobokeno. Ekde tiam vizitas
miloj kaj miloj da japanaj amikoj la statuon.
Multaj homoj ne povas viziti Hobokenon en
la fora Antverpeno, sed unu homo el Hobokeno
nun povas prezenti al vi, kun bildoj, la
itineron, kiun la knabo Nello sekvis dum
la tagoj kiam li iris al Antverpeno por vendi
lakton. Vi povas iomete lerni pri la kutimo
uzi hundon por tiri cxaron kaj vi povas vidi
sur belaj bildoj kiel aspektis la veraj flandraj
mueliloj kie logxis la du amikoj Nello kaj
Patrasx.
La vojo de malgrandaj dometoj cxe la Scheldo,
la rivero kiu fluas tra Hobokeno gxis kie
gxi pasas je la piedo de la katedralo en
Antverpeno kie mortis la knabo kaj la hundo.
Estas cxiam granda plezuro por mi cxicxeroni
por japanaj vizitantoj de Hobokeno al Antverpena
katedralo. Nun mi povas prezenti al vi la
vojon pere de bildoj.
09. Arta Kunveno
dim. 13:00-14:30
演芸の集い
Raportanto: Yamamoto Osamu
Ni gxuis varieteon sub la prezido de Yamada
Simako.
Programeroj
1. Bildoteatro pri Sugihara Tiune, "6000
vizoj de vivo":
Ludis Goto Yosimi, Sato Yasunori kaj Ogawa
hirohito, kursanoj de Inuyama esperanto-kurso.
Ili eklernis nian lingvon nur antaux ses
monatoj.
2 Koruso de Heliko
"Al amiko malproksima"
"La virga amo"
"Peco beleta de auxtun'"
"La fisxista kanto"
3 Deklamo: Deklamis Yamamoto Sintaro
"Goosx La 'Cxelisto"
4 Ludado de gitaro: Ludis Yagi Huzio.
"Romanco, Pentrajxo de Yumezi"
"Fantazio sur temo de Rugxa Libelo"
5 Solo: Kantis Ono Tadahito
"La Luno super la Ruino de Kastelo"
"Periplo sur Lago Biwa"
6 Dueto: Ludis pianon Tanaka Teiiti kaj fluton
Tanabe Kunio.
Ambaux ludantoj estas blinduloj kaj ludis
la pecon por kotoo komponitan de Miyagi Mitio,
blindulo. Ili esprimis gxin per piano kaj
fluto anstataux kotoo.
"La Maro en printempo"
7 Auxkcio: Auxkciis Yamasaki Seiko kaj Tahira
Masako varolajn librojn de JEI.
1. Kongresa libro en 1905
2. Genezo de L.L. Zamenhof de Hachette
3. Proleta Esperanto-Kurso de 6 volumoj
4. Impreso pri Japanujo sub la konflikto
5. RO oktobra, novembra kaj decembra en 1945
6. Lingvo stilo formo
7. Faraono de 3 volumoj
8. Japana Kroniko de 5volumoj
10. Laborkunsido de la Kongreso
dim. 14:30-14:40
大会協議
Raportanto: Sibayama Zyun'iti
La Kongresa Laborkunsido estas por raporti
kaj decidi ion, nome de la kongresanoj. Cxi-jare,
gxin prezidis la Kongresa Prezidanto Sibayama
Zyun'iti kaj proponis jenon, kio estis aplauxde
aprobita de la cxeestantoj. (La propono)
Funkcias Konstanta Kongresa Komitato de la
Japana Esperanto-Kongreso (KKK), 7-kapa komitato,
por garantii la kontinuecon de la Japana
Kongreso, kaj decidas en kiu urbo oni kongresos
en la venontaj jaroj. La KKK havas regulon,
kun nur limigita vortumo, kaj ne estas subregulo,
kiel sxangxi la regulon mem. Sed la nuna
regulo estis aprobita nome de la kongresanoj.
Tial la KKK studos kaj mem revizios tiun
regulon gxis la venonta kongreso. Kaj
KKK petas vian konsenton pri sia kompetenteco
fari tion.
報告者 柴山純一
大会協議会は、大会参加者の名において協議・決議を行うものです。今年は大会会長の柴山純一の議事の下に、次の提案について大会参加者の確認を拍手でいただきました。
(提案内容)日本大会常置委員会 (KKK) という7人からなる委員会があり、日本大会の連続性を確保し、次期大会の場所を決めています。この委員会には簡単な規約がありますが、規約の改定方法はきめられていません。しかし、あるとき、大会そのものできまったものです。そこで、この委員会は規約の改正を来年の大会までに、委員会自身で行いたく、その権能があることを皆様に確認していただきたい。
11. Ferma Soleno dim. 14:50-15:10
閉会式
報告者 山田 義
Arta Kunveno と Auxkcio とLaborkunsido
が時間どおりに進んだ。閉会式は定刻どおりに
始めることができた。
まず、小坂賞の授与式 Premiado de la Premio
Ossaka があり、堀泰雄さんが受賞した。賞状と副賞を渡された。受賞者のあいさつがあった。大会手帳34ページに堀さんの受賞の理由が載っている。(注:本誌81頁参照)
大会報告がLKKの斎木彰さんから発表があった。総数:457名、不在参加:123名、外国人参加:10名など。この大会準備活動のなかで新しくエスペランティストが犬山に育っていることにも触れた。(注:参加者は最終的に463、不在参加128)
舞台正面の緑星旗は去年亀岡大会の閉会式で受け取ったものだ。犬山から次の開催地へ渡すプログラムがあった。下ろして畳んで黒柳吉隆さんが横浜エスペラント会の会長鈴木恵一朗さんに渡した。招待のあいさつのあとパソコンから舞台のスクリーンに横浜の景色が投影され、数人がエスペラントで案内をした。
締めくくりには、犬山のLKKのメンバーや大会の
helpantoj も舞台に上がりあいさつした。 そのまま、田中禎一さんのピアノ伴奏に合わせて
La Tagigxo を歌い、 de montoj al mar'! という歌詞にあるようにイヌヤマからヨコハマへ大会は渡った。黒柳さんの
Gxis la revido en Jokohamo! で大会を閉じた。
LKKの全員に、舞台に上がったらそのまま舞台の上で客席といっしょに歌うという指示をはっきりと出してなかった。La
Tagigxoの楽譜を手に持っている人が少なくて歌いづらかったようだ。事前に
La Tagigxo を練習しておく必要も今感じている。
12. Studraporta Kunsido de JEI
ven. 17:00-19:00
JEI研究発表会
Partoprenis cx.30
Raportanto: SIBAYAMA Zyun'iti
Estis 4 prelegoj, cxiuj en la japana, kun
jenaj titoloj kaj prelegintoj: (japanlingve
en la fino)
Prezidis SIBAYAMA Zyun'iti. La resumo de
la Prelegoj estis venditaj je 100 enoj.
1. "NITOBE Inazo
kaj Esperanto en la Ligo de Nacioj":
Prelegis KOBAYASHI Tsukasa. Kun diapozitivoj
komputilaj, li prezentis la vivon de NITOBE
Inazo (1862-1933), kaj fokuse parolis pri
lia agado, kvankam malsukcesa, kiel la 1-a
vicgxenerala sekretario de la Ligo de Nacioj,
enkonduki Esperanton en la Ligo.
2. "Interlingvistiko
kaj esperantologio en Japanio: provo de genealogio"
Prelegis USUI Hiroyuki. Li unue situigis
interlingvistikon en la japana akademia medio,
kaj poste provis klasigi la japanan esperantologian
studon en 4 stadiojn; (1) "internen"-direktita,
(2) socia-proleta, (3) "objektivec"-orientita,
kaj (4) interdisciplina.
3. "la problemo kiun
e-movado enhavas - for de 'malbona regulismo'
al rekreado de esperanto -"
Prelegis KADOJA hidenori. Laux li,
la istruado de Esperanto en Japanio estas
ofte infektita de la modelo uzata en instruado
de naciaj lingvoj ne-regulaj. Li pledas,
ke esperanta reguleco devas esti plene utiligata.
4. "Lingvolernado,
Sekseco kaj Plipovigo"
Prelegis ITOIGAWA Miki. Sxi trovis ofte cxe
inismaj medioj sintenon de virino fortigi
sian pozicion lernante la anglan.
Kompare al tio, kion esperantistoj, i.a.
inajpensas? Sxi intencas fari enketon
pri tio.
演題は、下記のとおりで、すべて日本語で行われた。
司会は柴山純一が務めた。また、「予稿集」が実費100円で頒布された。
1.小林司 「国際連盟における新渡戸稲造とエスペラント」
2.臼井裕之 「日本における国際語論・エスペラント研究の系譜学序説」
3.かどやひでのり 「エスペラント運動の陥穽−『あしき規範主義』から『エス ペラントの再創造』へ−」
4.糸魚川美樹 「言語学習・ジェンダー・エンパワメント」
13. Azia Agado
ven. 17:20-18:50
アジア活動
Partoprenis 35
Raportanto: TAHIRA Masako
1. Saluto: SYOZI Keiko kiel Internacia Fako
de JEI
2. Raporto de la 89a UK: TAHIRA Masako
Aktiveco de japaniaj esperantistoj en programeroj
de la UK, honorigo pri TAKEUTI Yosikazu kiel
Honora Membro de UEA
3. Raporto de Komisiono pri Azia Esperanto-Movado
(KAEM) de UEA
1) Pri KAEM: HORI Yasuo
Gxisnuna historio de KAEM (dokumentoj,
reguloj, komisionanoj, laborplanoj ktp. Legu
en "Jarlibro de KAEM (2004)"
2) Projekto C de KAEM: SYOZI Keiko
Kiel aligi aziajn aktivulojn
al UEA pere de Azia Fondajxo de UEA
3) "Esperanto en Azio": ISINO Yosio
E en Azio estas liverata
al 150 japanianoj (donacintoj al Azia Fondajxo
de UEA) kaj al 350
aziaj esperantistoj inkluzive de aligitaj
membroj de UEA, entute 500 trifoje jare.
Por unufoja sendo kostas 80,000 enojn, do
jare 240,000 enojn. Japanianoj donacas unuope
por jaro minimume 2,000 enojn, do entute
300,000 enojn. Cxijare 20 koreoj donacis.
Se iu rekte donacas al UEA, ni ne povas sendi
E en Azio al tiu sen adreso. La problemo
solvigxos kontakti kun UEA.
4. Saluto el aziaj landoj
1) Duong Tu Kieu el Ho-Chi-Minh, Vjetnamio
2) Abisova Ludmila kaj Koneva Galina el Rusio
5. Pri la 4a Azia Kongreso en Katmando, Nepalo
(2005/marto/4-8)
1) Pri la programo: HORI Yasuo
Antaux/Post-kongresoj,
duontagaj ekskursoj, fakkunsidoj, Interkona/Nacia/
Internacia-Vesperoj (Legu en "Unua Bulteno
de la Kongreso")
2) Prelego"Nepalo, la gastiglando de
la Azia Kongreso": YAMAMOTO Mayumi
Historio, politiko, lingvoj, etnoj, religioj
en Nepalo (Legu novembran numeron de RO de
JEI)
14. Nova Testo de JEI
ven. 17:20-18:50
新学力テスト
Partoprenis 1
Raportanto: YAMASAKI Seikox
La rezulto (poentoj en devia valoro - japane
hensati 偏差値) estos posxte sendita al la
ekzamenito.
La apartigo de granda cxambro en duonojn
estis per movebla barilo, kio lasis najbarcxambretan
sono. Penetri en la alian kaj malhelpis koncentigxon.
Tio supozeble estis neevitebla, kaj mi ne
plendas, nur raportas gxin.
15. KKK (Konstata Kongresa Komitato)
fermita
ven. 20:00-21:00
日本エスペラント大会常置委員会
出席者:川村泰範(90回大会)、黒柳吉隆(91回大会)、鈴木恵一朗(92回大会)、原田英樹(93回大会)、柴山純一(JEI:ドイヒロカズの代理)、土居智江子(KKS,
運動経験者)、田熊健二(KLEG, 運動経験者:中道民広の代理)、硲大福(EPA,
運動経験者)
オブザーバー:峰芳隆、山田義、原田芙佐子、八木富士雄、八木明子
議長:峰芳隆、書記:土居智江子
1)2004年度KKK委員と任期の確認:90回大会は高野春樹から川村泰範に、運動経 験者としての高野春樹は硲大福に。
2)2005年度KKK委員と任期の確認:資料(3)に基づき、確認後、運動経験者に土 居智江子と硲大福を。
3)2004年犬山大会の問題点(黒柳吉隆、山田義):LKKとJEIの連絡、メールアド レスの活用について、大会のやり方の一貫性について、JEIの企画番組について。
4)2005年横浜大会について(鈴木恵一朗):大会テーマに沿った分科会、展示会など、参加者が作る大会に、姉妹都市からエスペランチストを招待、並行プログラ ムをできるだけ少なくする、分科会申込みを連名にするなどして開催に責任を持 たせる、など。
5)2006年岡山大会について(原田英樹):資料にそって説明。
6)2007年の開催地(土居智江子):未定
7)2003年の亀岡大会会計報告(川村泰範):残金はほとんどない、普及会の内部監査をうけた。(翌日委員に資料を配布)
8)KKK規約審議:時間不足のためできなかった。
9)大会協議会の進め方(柴山純一):来年の大会の半年前ぐらいには規約の案を提 示する。KKKが規約の改定をすることを大会協議会で承認を得る。
16. Kun Henry ni parolu
sab. 10:00-11:30
ヘンリーさんを囲んで 市民公開番組
参加者 約20
報告者 長谷川 勉
市民マラソン関係の参加者が1名ありました。同じ時間にデービスから来たお客様(市長その他)の歓迎会があり、多くの方はそちらへ参加されたそうです。他の一般参加者は何名か不明です。映写していたスライドが残っていたけれど、終了予定時間の11時半に分散会を閉会にしようとしたところ、残りのスライドも全部見たいという方がおられたので、時間を延長して、かつ、説明時間を短くして、持参されたスライド60枚をすべて公開しました。11時45分ごろ終了し、最後まで見られた方は4,5名でした。途中5,6回質問があり、スライドの解説が中断されたけれど、順調に進行したと思います。
17. UK2005 en Vilno sab. 10:00-11:30
来年の世界大会へのお誘い
参加者 約35
報告者 黒柳真理
【概要】 冒頭で紹介して会を始めた後は、Jegorovas
さんご本人にすべてお任せした。説明、質疑応答ともエスペラントのみ。
1.次期UK開催国、リトアニアのエスペラント会会長の
S-ro Povilas Jegorovas から大会およびリトアニア、ビリニュス、カウナスなどについての説明。
2.質疑応答
【詳細】
1. 「来年も日本からの参加者がたくさんいらっしゃることを期待しています。」
・記念すべき大会であること。
・Antauxkongresa-, Postkongresa-Ekskurso
について、その行き先の都市の見所など。
2.参加者からの質問事項:
・ビリニュスのエスペラント正式名称はVilnoかVilniusoか? ─Vilno。個人的にはVilniusoが好きだが、iusは語尾なので、大会では、Vilno
を正式に採用した
・通貨は? ─リタス、ユーロも使用可。1ユーロ=3.4528リタス(固定レート)
・ホテル代、食事代などはどれくらいか? ─いろいろある
・町の中で通じる言葉は? ─リトアニア語、英語、ドイツ語、ロシア語(歓迎されない)
・伝統的な食べ物はどんなものか? ─ビールは安くて美味い
・どのような天候か? ─大会中(7月)でも日本の今くらい(10月後半)の気温
18. Ekzameno de JEI
JEI学力検定試験
sab. 10:00-11:30
報告者 石川智恵子
3級 1名、 2級 2名が受験しました。
19. Ossaka-simpozio
sab. 10:00-11:30
小坂シンポジウム
Partoprenis 40
Raportanto: Huzimaki Ken'iti
Ni gxuis tri prelegojn.
(1) "Kial mi estas fervora Esperantisto?"
de HORI Yasuo, cxi-jara Ossaka-premiito,
la verkinto de la seriaj verkoj "Raportoj
el Japanio," kaj karisma kursgvidanto.
Ni povis klare konstati, kio pusxis s-ron
Hori en Esperantujon, kaj kial li tiel fervore
(ecx freneze) aktivas en gxi. La argumento,
kiu staras sur la sperto de lia instruista
vivo de la angla lingvo en altlernejo, estas
suficxe konvinka kaj kortusxa.
(2) "Kolektiva traduko de Zamenhof-strato"
de AOYAMA Tooru. Kun diapozitivaj filmoj
projekciitaj per komputilo s-ro AOYAMA raportis
pri la unika laboro de la traduk-grupo. La
tradukajxo estos libroforme eldonita de la
eldonejo "Hara-sxoboo" en la 15a
de januaro 2005. Antauxmendo estas akceptata
de la eldonejo: telefakse: 03-3354-0736;
retposxte: yoyaku@harashobo.co.jp
(3) "Memore al la dek-jara datreveno
de Yatsugatake-Espernato-Domo" de s-ro
MOTIZUKI Masahiro.
Yatugatake-Esperanto-Domo estis donacita
de s-ino MORITA al JEI antaux dek jaroj.
Gxi funkcias kiel gastejo, ripozejo kaj kursejo
en bela montopiedo. Interesis nin la raporto
de s-ro MOTIZUKI pri "Nuresperanta kunvivado,"
trejnado de konversacio por novaj esperantistoj,
okazinta lastsomere en la Domo. Ankaux la
prelegon akompanis diapozitivaj filmoj. --
20. Gxenerala kunsido de JEI dim. 9:00-10:30
JEI総会
参加者 26
報告者 石野良夫
1.永年会員顕彰。
総会に出席していた藤本達生、田中良克(以上50年会員)、木下恒(30年会員)に柴山純一理事長より感謝状を手渡した。
2.各部報告
事業計画を基に各部より、概要の説明があった(組織部は柴山理事長が代理で説明)。その後、エスペラント日本語辞典の進行状況について小西岳編集主幹より資料に基づき説明、2007年の横浜世界大会の準備状況を東海林敬子UK担当主幹が説明した。また、ネパールでのアジア大会の情勢、治安状況を堀泰雄KAEM委員長が説明した。
3.質疑応答
藤本ますみさんより、UKの広報の説明が野村忠綱さんの報告では、野村忠綱さんが流した分しか説明が無く、藤巻謙一さんの方から流した広報に基づき、新聞とラジオでUKが報じられたという結果が抜けている。広報は一本化して、広報したこととその成果とを併せて報告して欲しいという要望があった。竹崎睦子さんより、ネパールの治安を外務省が心配している今こそ、エスペラントで対立する双方に平和を訴えるべきだという提案がなされたが、川西徹郎さんより、政治的な動きはせず、エスペラントの大会の中で大いに語り、実情を知ることに努める、これが私たちの役割だろうという意見がだされ、竹崎睦子さんも賛同した。松田久子さんは百周年を記念して、文学作品をエスペラントの原作か翻訳かで出版して欲しいという要望が出され、藤本達生さんより、集団作業でできる可能性を探って欲しいという補足意見が出された。山本辰太郎さんからはJEIの運動年鑑が地方会単位でまとめられているが長野支部は地方会とは別に独自の活動をしている。今のアンケートでは支部の活動が記載しにくいので改善して欲しいという訴えがなされた。
4.その他
出席の評議員より一言ずつ意見表明があった。
21. Ni parolu kun partoprenantoj el eksterlando
dim. 9:00-10:30
外国からの参加者を囲んで
参加者数 約20
報告者 黒柳真理
Kun: Jacvo Schram, Henry Studer, Andrei
Koroveinikov, Povilas Jegorovas 開始時には、5、6名の参加者+S-ro
Jakvo
Schram、S-ro Povilas Jegorovas だけだったため、1つの輪を作り、全員の自己紹介から始めた。
自己紹介が終わらないうちに人が増えたため、つい「私とエスペラントの出会い」と長くなりがちな自己紹介を名前だけの簡潔なものにしてもらい全員(15名ほど)終わった時点で、グループを3つに分けた。
グループ分けした後は、自由に話をしてもらったが、基本的に
Partoprenantoj el eksterlandoj が話し、質問などをするというスタイル。途中で声をかけ、グループを移りたい参加者にはそのタイミングで移動してもらった。
グループによっては、一人がひたすら話し続け、あるいは会話が途切れという状態もあったが、全員が一度は口を開いた。会話教室、または相手の話を聞くだけのつもりの人もいたようだが、お互いに会話を楽しむという意味では、少なくとも話す意欲のある人、参加する意思のある人に集まってもらえるとよいと思う。
Deziroj kaj aliaj al LKK por la venonta okazo
大会を通して、外国からの参加者の話を聞くプログラムがすべて重なっており、いろいろな人の話を聞く機会が少ない。いろいろな人の話を聞いてきた後で、このような参加型の会があれば、どの人とも話がしやすくなるのでは。メインで話をしたプログラムに参加できていないのに、その場で話したかもしれないことを質問したり繰り返し話したりするのは、どちらにも参加している人にとって、また本人にとっては繰り返しになり、もったいないような気がする。話しても話しても話したりない参加者には、必要のない心配かもしれませんが。
22. Esperanto-grupo Pedagogia Per Powerpointo
dim. 9:00-10:30
エスペラント教材パワーポイント版研究会
Partoprenis 16
Raportanto: YAZAKI Yoko
S-ino YAZAKI Yoko parolis pri la utileco
de la vindoza softovaro "Powerpoint"
montrante la prezentajxon faritan de gxi.
Laux la enketo, kiun sxi sendis al 43 grupoj
kaj individuoj antaux la kongreso, preskaux
80 % da respondintoj el 22 havas intereson
pri lerniloj faritaj per la softovaro kaj
pri gxia utiligado. Tial sekvante sxi prezentis
la lernilon faritan de "Powerpoint",
per kiu sxi pruvis instrui Esperanton kadre
de la enkonduka kurso okazanta de majo gxis
la fino de oktobro 2004 en la urbo Hukusima.
Poste s-ro SANO Hirosi prezentis sian lernilon
kun ilustrajxoj. De tio ni konfirmis, ke
ilustrajxo estas tre utila por komprenigi
komencantojn pri esperantaj esprimoj kaj
per gxi lernantoj povas ecx trejni sin paroli
Esperanton. Gxis la fino de la fakkunsido
cxeestantoj libere diskutis cxefe pri la
modernaj teknikoj koncernaj al tiaj softovroj
kaj ankaux pri gxenerala metodo instrui Esperanton.
Ni povis rikolti fruktojn, t.e. sugestajn
konsilojn. Krome ni trovis kelkajn problemojn
en la okazo de la utiligado de Powerpoint.
Cxar nia grupo ne celas propagandi la vindozajn
softovarojn, cxiuj cxeestantoj konsentis
sxangxi la nomon de la grupo kaj decidis
dauxre diskuti interrete pri lerniloj faritaj
per tiaj softovaroj kaj kunsidi ankaux en
la venonta Japana Esperanto-Kongreso. Deziroj:
Mi opinias, ke estu interpretisto, kiu tradukas
salutojn kaj prelegojn aux esperanten aux
japanen por la gastoj, kiuj ne komprenas
Esperanton aux la japanan lingvon.
Estus dezirinde, ke ne okazu multaj kunsidoj
en la sama horo.
23. La 4a Kunsido de JJJ, Komitato por la
Japana Jarcento-
Jubileo de Esperanto
dim. 10:40-12:10
日本エスペラント運動百周年記念事業委員会第四回会議
参加者 40
報告者 藤巻謙一
加盟団体、加盟金、メーリングリスト、ホームページの現状報告、各種事業の報告、世界エスペラント大会横浜招致活動と、大会準備についての報告。横浜世界大会の募金活動や、2005年横浜日本大会、2006年百周年記念岡山日本大会、2007年日本大会(開催地未定)などについて話し合った。
24. Kurs-gvidantoj
dim. 10:40-12:10
講師連絡会
Partoprenis cx. 20
Raportanto: ISIKAWA Tieko
Stud-eduka fako de JEI organizis la kunsidon.
Unue parolis s-ro USUI Hiroyuki kun la titolo
"Cxu necesas aux ne necesas instrui
esperantan kulturon?-pri frazeologio".
Citante kelkajn ekzemplojn de diversaj esprimoj,
li emfazis bezonon plu studi pri kultura
aspekto de Esperanto.
ISIKAWA Tieko parolis pri la nuna stato de
studgrupo pri instrumetodo. Sxi montris kelkajn
lernomaterialojn kaj Manlibron pri instruado
de Esperanto akiritaj pere de interreto.
Por pli bone gvidi kursojn, sxi konsilis
cxeestantojn utiligi retajn informojn de
edukadonet kaj ILEI. En la lasta duono de
la kunsido, ni intersxangxis opiniojn kaj
spertojn kiamaniere organizi kaj zorgi lokajn
esperanto-kursojn. Kelkaj iras bone kaj kelkaj
malbone, tamen diskuto certe helpos tiujn
kiuj havas iajn problemojn en sia kurso.
25. Delegita Reto de UEA
dim. 13:00-14:30
UEAデレギート
Partoprenis 15
Raportanto: HOSxIDA Acusxi
La cxefdelegito raportis, ke li ricevis
du plendojn de alilandaj membroj pri plenumo
de japanaj fakdelegitoj. La unua plendinto
skribis, ke japana fakdelegito pri filatelo
ne respondas rilate pri posxtmarko-intersxangxo.
Levigxis demando, cxu intersxangxi posxtmarkojn
estas tasko de fakdelegito.
Certe, nenie en la regularo trovigxas
tia tasko. Sed, se iel oni inter-konsentis
pri intersxangxo, oni(ankaux la fakdelegito)
devas plenumi la taskon, opiniis la cxefdelegito
kaj la aliaj aprobis tion. Laux atentigo
de la cxefdelegito la fakdelegito respondis
al la plendinto semajnon poste.
La dua plendinto skribis, ke petita
fakdelegito ne respondis. La cxef-delegito
esploris la aferon. La plendinto surprizis
la petatan fakdelegiton per sonorado de faksimilo
en malfrua nokto. Surprizita fakdelegito
koleris kaj ne emis respondi al tia malgxentila
informpetanto.
La cxefdelegito atentigis al la fakdelegito,
ke li rajtas rifuzi la servon, sed devas
informi la petinton pri sia rifuzo, kaj la
petinton, ke li devas observi la konsilon
de la Jarlibro, ke oni telefonu nur tage,
prefere inter la 10-a kaj 20-a horoj de la
altelefonata lando. Sekvis raportoj de spertoj
de la cxeestantaj (fak)delegitoj.
Laste, la cxefdelegito raportis, ke
li proponas majuskligon de la familia nomo
en la Jarlibro.
26. Pra-LKK de la 92a Universala Kongreso
en Jokohamo
横浜世界大会に向けて
sab. 17:10-18:40
Partoprenis 8
Raportanto: Syoxzi Keiko
Ok membroj de Pra-LKK diskutis kaj decidis
jenojn.
1. Pra-LKK transdonos preparlaborojn
por la UK 2007 al oficiala LKK, kiu fondigxos
fine de la jaro 2004, kvankam ne trovigxus
komence plenaj membroj necesaj. LKK
havos unuan kunsidon en marto 2005 kun s-ro
Clay Magalhaes, KKS de UEA, okaze de lia
unua vizito al Japanio. Antaux tio LKK listigos
diversajn demandojn pri preparlaboroj kaj
sendos rete al KKS anticipe.
2. LKK varbos kaj petos multe da volontuloj
(50-100), kiuj vere subtenos la UK. Povos
okazi, ke inter ili estus estontaj LKK- membroj.
3. Jenaj ekskursoj kaj Antaux/Postkongresoj
estas proponitaj aux pripensataj kaj kromajn
kandidatojn ni sendos dauxre.
・PK en Kanazawa ・PK en
Oomoto
・AK aux PK en Hirosima kaj Tyugoku
・Unutaga ekskurso en Tokio
・Unutaga ekskurso en Hakone
・Unutaga ekskurso en Nikko
・Duontaga ekskurso en Jokohamo
4. Hotelojn ni traktos lauxpete de UEA, kiu
intencas mendi 500 dulitajn kaj 300 unulitajn
cxambrojn. En marto 2005 s-ro Magalhaes,
KKS de UEA, havos kontrakton kun unu el la
tri vojagxagentejoj rekomenditaj de Yokohama
Convention & Visitors Bureau, per kiu
mendeblos hoteloj frue.
Post la diskuto ni auxskultis opiniojn de
observantoj kaj libere parolis pri volontuloj,
informado, postkongresoj ktp.
Cxeestis 15 personoj kaj prezidis Syoxzi
Keiko, Komisiito de JEI pri UK-invito.
27. Esperanto-domo de Yatugatake
dim. 10:40-12:10
八ヶ岳エスペラント館
参加人数 10
報告者 望月 正弘
テーマ 創設十周年を迎えた八ヶ岳E館の今とこれから
内容(主として問題点を)
1.ライセンス保持者が200人ちかくあるが、その人たちに再講習の必要はないか。(建物の備品なども増え、管理の仕方が大きく変わっている)
2.毎年の宿泊者はおよそ300人だが、その半数はネ・エスペランチストである。その宣伝効果は、大きい。エスペランチストが積極的に紹介することは、エスペラントの宣伝・拡大につながる。
3.八ヶ岳の四季はすばらしい。夏にさまざまな行事が重なるが、5,6月などもすばらしい季節なので多くのサークルなどでもっと利用してほしい。
4.日本のエスペランチストが自分 の別荘のつもりで使ってくれるようになるのが運営委員の願い。
5.今年九月で創設十周年。記念として長坂町(11月1日より北杜市)で記念講演会。李士俊さんの「漢詩とエスペラント」のDVDを発売した。(希望者はJEIに。送料込み700円)
28. JEI fermita
sab. 17:10-18:40
JEI検定試験の点字による試行試験(非公開)
報告者 研究教育部 石川智恵子
10月23日午後5時〜6時半、上記試行試験を行った。学力検定試験問題集から点訳した3級と4級の問題を使用し、5名が受験。問題作成上の課題、受験者の感想など調査をした上で、報告書をまとめ、検定実施をどうするか考える際の資料とする。
30. Agado de esperantistoj cxe la baloto
por Euxropunia
Parlamento: Raporto kaj diskuto
ven. 17:20-18:50
EU議会選挙への取り組み
Ne okazis.
31. Fakkunsido de Goo
囲碁分科会 sab. 10:00-11:00
Partoprenis 8
Raportanto: Nobuo Sakurai
Kolektigxis al la kunsido 4 membroj de Japana
Esperantista Go-Asocio kaj 4 interesatoj.
Unue oni raportis pri la fakkunsido de goo
en la Universala Kongreso en Pekino. Due
pri represo de "Invito al Go-ludo"
kiu efektivigxis lastatempe jam longe atendate.
Trie cxeestantoj ludis goon aux observis
la ludadon tiuj kiuj ekhavis intereson al
gxi.
32. La Budhana Fakkunsido
sab. 10:00-11:30
仏教分科会
Partoprenis 9
Raportanto: Yamaguti Sin'iti
Unue, sinprezentado de partoprenantoj.
Due, invito al Japana Budhana Ligo Esperantista
(JBLE) kaj al Budhana Ligo Esperantista (BLE).
Trie kaj cxefe, prediko en Esperanto fare
de la cxefdirektoro de JBLE, Yamaguti, sub
la temo "Nembucu kiel la principo de
liberigo". Sekvis pluraj demandoj
kaj la predikanto respondis ilin.
Kvare, auxdigo de la Kora Sutro, kiu estas
sonbendigita en la kvar lingvoj (cxina, korea,
vjetnama kaj japana).
Mankis visxilo de blanka tabulo.
33. Fakkunsido de Rondo Harmonia: interreto
sab. 10:00-11:30
国際語教育協議会(RH)分科会:インターネット(初級者向け)
Ne okazis.
34. Kunsido de UMEA kaj ISAE
sab. 10:00-11:30
医学者・科学者分科会
Partoprenis 7
Raportanto: Hideki Harada
Sano Hirosi prezidis por JESA, Hideki Harada
por JEMA.
Unue ni diskutis kiel skribi supersignojn
en reta komunikado. Por ilin signi estas
pluraj manieroj, kiuj tamen havas avantagxon
aux malavantagxon inter si. Do tio estas
allasita al skribantoj laux sia gusto.
Hosida raportis pri lauxvica seminario de
Vladiostoka kolegio, en kiu trovigxis Esperanto
sekcio kun kvar prelegoj, en kiuj li mem
partoprenis per la temo pri ajnua legendo.
Sano informis pri la organo de JESA, jxus
publikigita numero.
Nomura raportis nunan staton de JESA.
Harada raportis pri la UMEA- kunsido cxe
Pekina UK kun foto-prezentado.
Bedauxrinde pro malmulte da partoprenantoj,
ni ne povis konsiligxi kiel trakti nian fakan
kunsidon en Jokohama UK. Ni konsiligxos pri
tio en la venonta JK.
35. Esperanton en lernejojn
sab. 11:40-12:30
教職員エスペラント協議会
Partoprenis 11
Raportanto: Hori yasuo
Tiun cxi kunsidon organizis ALE (Asocio de
Lernejaj Esperantistoj). Prezidis Isikawa
kaj raportis Hori Yasuo pri la agadoj pasintjaraj
kaj laborplano por la jaro 2004-2005. Kelkaj
raportis pri sia agado en lernejo jene:
S-ino Huzimoto Rituko raportis pri sia leciono
en altlernejo Ikeda-kita en Osaka, kie cxijare
oni enkondukis lecionon de la korea lingvo
(por la unua periodo) kaj tiun de Esperanto
(por la dua periodo) al la samaj lernantoj.
S-ro Nomura Tadatuna havis fakkunsidon de
Esperanto en la kongreso de Asocio de Nova
Edukado de la angla lingvo konsistanta el
anglalingvaj instruistoj okazinta en Kyusyuu.
S-ino Harada Husako gvidas Esperanto-klubon
en knabina altlernejo Sanyo en Okayama.
S-ino Tahira Masako raportis pri la naskigxo
de Esperanto-klubo en universitato Ritumeikan.
Fine Hori, reprezentante la estraron de ALE,
parolis, ke ALE pli aktive agados cxar gxi
finis la taskon eldoni brosxuron "Invito
al internacia lingvo Esperanto".
36. Fakkunsido de Auxa-Danco sab. 17:10-18:40
阿波踊り分科会
参加者 12名(うち2人はロシアのエスペランチィスト)
報告者 田淵 八州雄
1 開会あいさつ 2 阿波踊りについての説明
3 男踊り、女踊りの踊り方についての説明
4 実習 男踊り、女踊り 手とり足とりの稽古 5 閉会あいさつ
初めて踊られる方、一度踊ったことのある方、様々でした。最初は見る阿呆でしたが、次第に「踊る阿呆」に、皆さんなられて、充分に楽しんでくださいました。
カセットデッキと延長コードを準備して頂きましてありがとうございました。手作りの大会の企画、運営、お疲れさまでした。Koran
Dankon.
37. Fakkunsido de Japana-Tanzania Amika grupo
de Esperanto
(Kokosa-Klubo)
sab. 17:10-18:40
ココーサ・クルーボ分科会
Partoprenis 8
Raportanto: Aihara Misako
Raporto pri cxijara agado. Konsento, ke ni
ankoraux atendu respondon de la virinaj grupoj
en Mara distrikto, cxar ni sendis libron
pri nodplektado kaj tukon kaj vakson por
batikado. Ni ne scias cxu ili planas komenci
putfosi, kvankam ni sendis instrudokumenton.
Lastatempe ili havas grandskalan kunlaboron
kun usonaj neregistaraj grupoj.
Al Pangani-grupo ni informis pri alia projekto
de banana-pulpo-produktado. Ankaux ni atendos
ilian reagon. Estis konsilo, ke la informo
supozeble ne estas suficxe komprenebla por
ili. Ni decidis aldoni necesan sugeston.
38. Vespera Muzik-salono de Andrei
sab.
19:00-20:30
アンドレイ音楽夜話 市民公開番組
Partoprenis cx.50
Raportanto: KIKUSIMA Kazuko
Andrei rakontis pri edukado en la Moskva
Sxtata Konservatorio je la nomo de Chaikovskii,
pri sia penso pri muziko, pri internaciaj
piano-konkursoj ktp., kaj respondis al la
demandoj de la publiko.
Inter la rakontado li ludis piane jenojn:
Chopin 2 Mazurkoj
Liszt Sonetoj de Petrarka
Debussy el "6 Antikvaj
Epigrafoj" 2 eroj
Shchedrin "Mi ludas operon de
Rossini", Rusaj Sonoriloj
Cxiuj gxuis liajn rakontadon kaj ludadon.
39. Grupo por "La Zamenhof-Strato
sab. 19:00-20:30
ZSの会(『ザメンホフ通り』を翻訳する会)
Raportanto: AOYAMA Tooru
Unue, 20 fotoj koncernaj al Varsovia Getto,
kovrilo de litova eldono de ZS, tradukinto
de tiu eldono, proponita desegno de kroataj
artistoj por la kovrilo de japana versio
k.a. estis prezentitaj al la cxeestantoj
per projekciilo.
Poste ni konsiligxis pri la disdono de tantiemo
inter la tradukintoj.
Ni diskutis ankaux, cxu enskribi inicialon
de la tradukintoj en la tradukita teksto.
La projekto finigxos en la 15a de venonta
januaro, kiam aperos la libroj en librovendejoj.
Pro tio ni projektas nove tradukadon de "La
Vojagxo en E-Lando". Pri tiu projekto
ni diskutis, kaj estis decidite, ke volontuloj
antauxenigu la projekton. Cxifoje ni ne eldonos
papere la tradukon, nur aperigos gxin sur
hejmpagxo. La celo de la projekto estas faciligi
lernadon por unuopaj lernantoj mezgradaj.
Jam 22 konsentis pri la partopreno. Plie,
la auxtoro Boris Kolker subtenas nin. Limdato
de la tradukado estos la fino de la venonta
januaro.
40. Esperantista Klubo de Japana Sxako
sab. 19:00-20:30
将棋
Partoprenis 8
Raportanto: UEDA Tomohiko
Prezidis UEDA Tomohiko.
Uzita lingvo estis la japana.
Oni unue konsentis, ke UEDA Tomohiko el Tokio
dauxre estos prezidanto de la klubo, KINOSITA
Hisasi el Sizuoka estos sekretario kaj kasisto
kaj li publikigos nian organon jarfine. Poste
cxiuj partoprenintoj plene gxuis la ludadon
de sxako. Cxi-jare bedauxrinde alilandanoj
kaj neklubanoj ne venis al nia kunsido. Sxajnis
al mi, ke pro la paralelaj, interesaj programeroj
multaj kongresanoj ne kolektigxis.
41. Sennacieca Asocio Tutmonda (SAT)
sab.19:00-20:30
SAT(新訳名称「国民性なき全世界協会」)
Partoprenis 11
Raportanto: Tani Hiroyuki
Cxar la fakkunsido okazis vespere, multaj
kongresanoj iris trinki bieron, kaj kunsidis
relative malmultaj, kompare kunla cxiujaraj,
sed tiom pli fidelaj membroj kaj nemembroj-interesatoj.
Prezidis Tani Hiroyuki. Post lauxvica sinprezentado
ni libere parolis kaj diskutis pri diversaj
temoj. K-do jakvo Schram, prezidanto de PK
de SAT, nia gasto kaj la plej parolema el
ni, multe parolis kaj respondis al cxiuj
demandoj pri la asocio.
K-do jakvo Schram prezentis ankaux la Jacques-Schram-Parkon
en Antverpeno. Baldaux en Antverpeno naskigxos
parko, oficiale nomata memore al lia samnoma
onklo, Jacques Schram, kiu siatempe multe
laboris por la Laboristaj Olimpikoj, la alternativaj
Olimpikoj sen naciismo kaj komercismo. La
Laboristaj Olimpikoj naskigxis en 1936, kiam
Hitlero malbonuzis la Olimpikojn en Berlino
por sxtata propagando, kaj dauxris gxis 60aj
jaroj.
42. Fakkunsido de Rondo Harmonia: Bankedo
sab. 19:00-20:30
RH懇親会
Ne okazis.
43. Kristanoj
dim. 9:00-10:30
キリスト者
Partoprenis 8
Raportanto: Keiko KATOH
Ekumena Diservo
Kantado de himno: "Mirinda Graco"
Konfeso laux la Apostola Kredo-Konfeso
Bibliolegado Rom.
8:10-11
La pregxo de la Sinjoro "Patro Nia"
Instigo: Mortinta Pekulo
Pregxo
Monofero
Kantado de himno: "Mirinda Graco"
Doksologio.
Sinprezento: Interkonsiligxo por la venonta
Japana Kongreso.
Ni dankas al la sindonema laborantoj por
cxifoja Japana Kongreso.
44. Konatigxu kun perkomputila brajligo dim.
9:00-10:30
パソコン点訳を知る分科会
参加者数 14
報告者 本田 照美
参加者は、自動点訳ソフト「IbukiTenEdit」を利用した講習会参加者募集のためのチラシの点訳、および点字エディターソフト「T・エディタ」を利用したエスペラント分の点訳を実際に体験。
点訳者だけではなく、点訳に関するいろいろな作業をする人を募集しているということを説明。
自動点訳ソフト「IbukiTenEdit」について
http://ikd.info.gifu-u.ac.jp/IBUKI-TEN/index.html
日本語点訳システム 『T・エディタ』について
http://www6.ocn.ne.jp/~t-editor/
45. Fakkunsido de Rondo Harmonia: Esperanta
Universitato
国際語教育協議会分科会:RHミニ大学
dim. 9:00-10:30
Raportanto: MORIKAWA Kazunori
Partoprenis 10
2 prelegantoj kaj 8 auxskultantoj. Ekde la
88-a Kongreso en Takarazuka, tiu cxi fakkunsido
okazas cxiujare por ke specialistoj prelegu
temojn pri sia fako en Esperanto. Cxi-jare
jenaj tri temoj estis prezentitaj;
1) "RFID, gxiaj Principoj kaj Aplikoj"
de MORIKAWA
2) "Roboto-kurso por infanoj" de
EZAKI Masayasu
3) "Radio-Frekvenca interfero; Elektro-Magneta
Akordigo" de MORIKAWA Kvankam cxiuj
estas elektronikaj, la prelegantoj klarigis
specialajn enhavojn uzante facilajn vortojn
por ke auxskultantoj komprenu ilin suficxe.
Tial la auxskultantoj estis kontentaj pri
ili.
追記 また、仕事の都合と新潟の地震の影響で、講師不在となり、次の分科会が中止となりました。貴事務局にご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございません。
33.国際語教育協議会分科会:インターネット(初級者向け)
42.RH懇親会
54.国際語教育協議会分科会:インターネット(中級者向け)
46. Rondo-Ken dim. 9:00-10:30
ロンドケン
参加者 14
報告者 岡田静香
・事務局より提案3件
1、沖縄辺野古の海・命がけの攻防への支援カンパ。
2、2005年5月3日に向けて、全国紙4紙に、憲法9条を変えることに反対する意見広告を掲載する運動に参加。
3、昨年に引きつづき、神戸で行われる「日朝国交正常化と東北アジアの平和を考える」講演会に賛同・共同する。
以上全員一致で了承。1の支援カンパは14000円集まり、本会支持者、比嘉康文氏に送ります。
・各自自己紹介と日頃の考え、活動など意見交換。
1、最近の危険な状況に立腹、広く警鐘をならす必要性あり。(Hosxida,
Aiba, Kitagawa) 特に東京都の動きは危険きわまる。
2、著名人9人による「九条の会」の呼びかけに反応する各地での新しい九条の会発足の動き(Sato,
Akada, Mima, Sasaki)
3、戦争には原因がある。エスペラントは戦争の原因をなくす。(Tani)
4、初めて本会に参加 3名。
47. Ni parolu en internacia gestlingvo Signuno!
dim. 9:00-10:30
国際手話シグヌーノで話そう
Partoprenis 8
Raportanto: Sximizu Masahiro
Preskaux cxiam oni uzis la japanan vocxlingvon
pro la nivelo kaj la malsurdeco de cxestantoj.
Cxiuj havas intereson gxenerale pri signolingvoj
precipe internacia. Sed plej multaj gxis
tiam lernis neniun signolingvon. Oni klarigis
la mekanismon, kial kaj kiel estigxas signolingvoj.
Estas emfazite, ke signolingvo ne estas kopio
de vocxlingvo sed havas sian propran kulturon.
Iuj rakontis sian sperton en esperanta ekspozicio
kaj seminario, kie surduloj estis embarasitaj
supozeble pro la esperantuja penso ne kalkuli
al Surdujo (surdula komunumo), kiel la internacia
vocxlingvo Esperanto en Malsurdujo; tiam
surdaj estos savitaj kaj Esperanto estos
iom pli disvastigita dank' al latentaj surdaj
esperantistoj." iuj diris.
La gvidanto prezentis la sistemon de internacia
do esperanta signolingvo Signuno. Iuj admiris
gxin unuflanke kaj konfesis aliflanke malfacilon
lerni, uzi kaj disvastigi gxin.
「大会報告書の編集に便宜のため、出来る限り、電子メールでお送り下さい」について。
お客さまである大会参加者に注文をつけるのはよくないと思う。どんなにエス界の samideanoj、Amikoj
同志だからといって。注文つけるのは「なれあい」ではないか? なれあいをやめて、きちんとけじめをつけるべきではないか? 本分科会の報告者はあえて電子メールで送らない。日本の郵便はほぼ100%正確な配達が保証されている。電子メールはそうではない。配達されたか証明するのが難しい。配達の証明が出来たとしても、先方が読んだか否か証明するのが難しい。LKK様はよく考慮してほしい。考慮するだけでなく、身体を動かして実感してほしい。文字起こしは面倒な作業であろうが、そこから得るものも多いと思う。効率第一主義の便宜のためだけの作業でLKK様は何事かを成したつもりになって喜んでいるのであろうか? 「便宜」の作業ばかりして、気付いた時に漢字を思い出せないほど老化しても、私はその人を助けてあげられないかもしれない。
48. EKAROJ (Esperanto-Klubo de Amatora Radio
en Japanio)
日本エスペラントハムクラブ
dim. 9:00-10:30
参加者 15
報告者 タナカヨシカツ
1、各局近況報告
2、最近の活動
・毎日の定期交信、奇数日曜日のJEIクラブ局の運用(10時〜12時)海外交信
・インターネットでの定時交信(ヤフーメッセンジャー、
Echolink)
3、世界エスペラント交信競技会(Esperanto-Radio-Konkurso) 毎年11月第3土・日曜日
4、来年創設45周年。 記念事業計画。
5、ハム交信とインターネットの接続技術研究。
・サローノ内、大会記念局開設。
来年もクラブ局 JAIYAR 開設予定
49. Fakkunsido de Esperanto-Virina Asocio
dim. 10:40-12:10
EVA分科会
参加者 16名(内 べトナム人1名 ロシア人2名)
報告者 蜂谷千寿子 Hatiya Tizuko
表題 教育問題とエスペラント
日本では、子供たちの不登校、「すぐ、切れる」(抑制がきかない)、つまり成長の過程で知、情、意の調和に欠けることが問題になっている。原因として考えられることの中に、1.家庭内で親子の対話が少ない。母親が外で働いて子供と接する時間が少ない。2.友達どうしの直接の交流が減っている。パソコンやケイタイ電話などで話すことが多い。3. 読書による成長、特に文学、小説による情緒の育成が少なくなっている。日本で、エスペラント原作の文学作品がもっと出ることも期待される。
学校では、「詰め込み教育」の弊害から「ゆとりの教育」になったが、その余暇時間が、塾通いなどに使われ、充分生かされていない。
べトナムでは、みな喜んで学校に行くから不登校など考えられない。
ロシヤでは、小学校から教師と生徒、生徒どうしとの会話(diskuto)の訓練を大切にしている。
これらのことから、日本の学校でも対話の訓練をふやすべきこと。エスペラントなど語学の学習に先立って、「対話」という交流の基本を身につけることが大切だということになった。
50. Konatigxu kun Blinduloj dim. 10:40-12:10
盲人を知る分科会
参加者 15
報告者 本田 照美
前半は、リトアニアエスペラント会会長のPovilas
Jegorovas氏より、来年の世界大会の開催国リトアニアとビィリュニスについての話を聞き、その後質疑応答。日本語の通訳付き。
後半は、田辺邦夫さんの今年8月にセルビア・モンテネグロで開かれた盲人大会(Internacia
Kongreso de Blindaj Esperantistoj)の報告。
51. Pri la movado de proleta Esperanta movado
dim. 10:40-11:40
戦前のプロエス運動、Kamarado−柏木ロンド−を語り合う会
Ne okazis.
52. JPEA (Japana Pacdefenda Esperantista
Asocio) dim. 10:40-12:10
エスペランティスト平和の会
参加者 11
報告者 佐藤守男
出席者11名。田中一喜の司会で進行。出席者より会について紹介してほしいとの意見があり、会長の熊木秀夫がまず会の創立以来の経過をエスペラントで、後要約を日本語で話し、その後会の現状と会計報告を佐藤守男が報告、続いて今後の会の運営について以下の通り話し合った。最後に熊木秀夫がベトナムでの点字図書館引渡しなどの活動紹介があった。
JPEAとロンドケンの会員はおおむね重なっており、今後両者の機関紙を併記して共同で発行する(ROと「エスペラント」に前例がある)。但し、これは当方の分科会での意向であり、実際にどうなるかはロンドケン内での議論を経なければならない。
HPの更新・工夫につとめる。
当面役員は重任し、熊木秀夫(会長)、星田淳、佐藤守男(会計、HP管理)
収入は寄付金によるものとする。それに関連して規約の改定も検討する。
53. Legantoj de "La Mondo de Esperanto"
dim. 10:40-12:10
月刊「エスペラントの世界」読者の会
参加者 16
報告者 田中良克
月刊「エスペラントの世界」読者と編集者の話し合い。月刊誌編集の裏話。最近の記事の内容について。
ニュージーランド山楽会のミルフオードトレッキングとクライストチャーチのエスペランティストとの交流、年次大会への参加など、ニュージーランドのエスペラント活動について。コンピューター編集についてのソフト、ハード、エスペラントフォントについて。
来年は、分科会内でインターネット接続の環境を利用したいので無線ラン接続希望。
54. Fakkunsido de Rondo Harmonia: interreto
dim. 10:40-12:10
国際語教育協議会(RH)分科会:インターネット(中級者向け)
Ne okazis.
65. Pasporta Servo
dim. 10:40-12:10
Partoprenis 4
Raportanto: ONISHI Shin'ichi
・自己紹介
・体験と感想の発表
・新規加入希望者へのアプローチ
・landa organizanto 就任のいきさつと仕事の紹介(冊子を基本にして)
・administrado に対する意見は、landa organizanto
が希望として伝える。
−冊子の値段が高すぎる。安くできないか?
−登録者への冊子の配布に関する説明をもっとわかりやすくしてほしい。
66. "Miaj Principoj de Versfarado kaj
Kantotradukoj" de S.Isobe
歌のエスペラント翻訳法 sab. 19:00-21:00
参加者 8
報告者 鈴木 善彦
磯部晶策氏を講師に迎え、エスペラント詩の作り方を中心に語ってもらった。ドイツ語詩、漢詩、万葉集、自作詩などを引用し、詩の本質を語り、その後エスペラント詩の
ritmo, rimo の重要性について説明があった。また作詩についてのみでなく氏のエスペラントとのかかわりについても言及があり、戦後のエスペラント運動についても考えさせる内容であった。名古屋エスペラントセンター主催。司会は永瀬義勝。
55. Te-servo
sab. 10:10-11:30, dim. 10:00-12:30
呈茶
報告者 藤本日出子
如庵の写しの茶室を使ったせいでしょうか、思った以上に大盛況で両日とも休む間もなく常に茶室は満席で嬉しい悲鳴を上げていました。一日二時間二日間で約130名のかたがたにおいでいただきました。満席で引き返された方もいらしたようで申し訳ありませんでした。
御来席下さった方でお急ぎの方には広間にてたてだしでお茶とお菓子を戴いて貰い時間の許す方たちには二畳半台目席の如庵の写しの茶室の中で5人から7人入ってもらい10分から15分かかってお点前を見ながら説明を受けお茶をのんでいただきました。ある席では全部
Esperanto でお話をし、ある席では全部日本語だったり質問を受けたり、それぞれに楽しんでいただいたようです。
裏方手伝いは、券の配布・水屋・点前・席主他10人。
本席 床 明歴歴露堂堂
香合 二季鳥
花入 鶴首
花 貴船菊
でしつらえました。
56. Ekspozicio por urbanoj "La Mondo
de Esperanto"
日本エスペラント大会付随企画展「国際語・エスペラントの世界」
Raportanto: Yamamoto Osamu
LKK okazigis antauxkongresan ekspozicion
pri esperanto.
Kunlaboris Hori Yasuo, Maekawa Haruya kaj
JEI.
dato:10/12-10/24,
loko:la halo en la teretagxo de la kongresejo
Cxefaj elmontrajxoj
1 esperanta kalendaro
2 paneloj de UEA
3 esperantaj posxtmarkoj
4 fotoj de UK en Pekino kaj Kroatio
5 fotoj de Himalaja Renkontigxo en
Nepalo
6 fotoj de Pasporta servo
7 fotoj de libroj kaj vortaroj
8 gramatiko
9 listo de UK, JK kaj Aziaj Kongresoj
10 listo de memorigaj stampoj
57. Fresxa Mateno dim. 6:00-7:30
早朝散歩
参加者:約40名、市民:約15名、デービス市の市長ご一行:4名、合計約60名
報告者 黒柳 吉隆
5時50分市役所前に集合、準備体操の後、犬山市の一般市民の方と共に旧市街を歩く。犬山市制50周年に招かれた姉妹都市デービス市のルース・アスムンドスン市長さんご一行4名も一緒で、旧奥村邸、戦国時代の面影のある狭いかぎの手になった道路、日本酒の醸造所などを経て、丸の内、本町などお城の正面から、どんでん館へとつづく。折からの秋祭りで、ちょうちんは取り外されていたが、祭りの山車も見られ、前夜の余韻が残っていた。解説は、市の文化財保護を担当されている鈴木部長さんで専門的な立場から本格的だ。
「祭り」は、宗教的なものから発生しているが、今は、文化財であり、これに加わる人は、昔は町内会からだったが、今は、遠くから「癒し」を求めて参加する人も増えてきているとのことだ。旧市街は、道路が狭く、都市計画を策定しているが、市民の反対(保存希望)があって計画が進まないという問題があるとも聞いた。
予定を大分オーバーして7時半に解散となった。この後、ヘンリーさんは旧知の方々と写真に収まって旧交を暖めていた。市の広報で、「エスペラントの大会参加者と一緒に歩こう」という記事が出て、市民の参加を呼びかけられたが、実際に参加した方は、FOD(デービス友の会)の方が中心であった。途中から加わったり、大きくグループがばらけて、正確な人数は把握できなかった。
58. Kongresa Posxtejo sab. kaj dim.
10:00-16:00
犬山郵便局出張営業
Raportanto: Yamamoto Osamu
Inuyama Posxtoficejo malfermis sian oficejon
provizoran en la kongresejo kaj uzis stampon
desegnitan de Yamada Tadasi.
Gxi prezentas la monumenton en la Monteto
de Humaneco kiu memorigas al ni la meriton
de Sugihara Tiune. Maekawa Haruya donis
al ni konsilojn pri posxtaj aferoj. La tuta
vendsumo estis je 110,000 enoj kaj la pkajxoj
ekspeditaj estas en la nombro de 30.
61. Memorajxo donacata al cxiuj partoprenantoj
記念品
報告者 黒柳吉隆
日本大会では、参加者全員(家族、小中学生の区分での参加を除く)に大会の記念品を贈るのが恒例であるので、実行委員会を立ち上げてすぐに何にするかを検討した。物によっては制作に時間が掛かることも考えられるからである。普通、エスペラント関係の本では採算が取れないようなので、一定の量が確保できる記念品には、大会記念出版の本にすることにした。そこで山田シマ子、山田富久子、黒柳文子を検討委員に選任した。
「地元、愛知県半田市出身の童話作家、新美南吉の作品集のエスペラント訳にしてはどうか」という提案を基に、3人は半田市にある新美南吉記念館を訪ね、作品を検討して、「ごん狐」他、数点を選定して、委員会に提案した。優しさの中に自然との共生を表現する作品は、大会テーマ「エスペラント語で共に生きる歓びを」ともマッチしており、委員会では、その提案を審議して諒解し、挿絵や装丁の見本を示して、地元で出版経験のある名古屋エスペラントセンター(NEC)に出版を依頼した。450部を最低の買い取り部数として保証し、単価を1,200円にすることを協定した。この450部が参加者を集める最低の目標数になったし、仮に目標が達成できずに余った場合には、大会参加者に負担を掛けないように実行委員が負担する覚悟をした。NECの山口真一さんの労により、翻訳は、既に
La Movado 誌上で新美南吉の作品の訳を発表している筒井和幸さんに、挿絵を中谷省三さんに依頼することが決まった。
記念品、「GON-VULPO kaj aliaj rakontoj
エスペラント訳・新美南吉作品集」には、「手袋を買いに」、「ごん狐」、「牛をつないだ椿の木」、「空気ポンプ」の4話が収まった。上質紙65ページ、版画10葉入り、日本の童話や習慣に不慣れな人のために巻末に絵入りで注が載った。ハードカバーで品格のある童話集になった。そして、大会袋の中に、Kongreslibro
とともに収まって参加者の手元に渡った。不在参加者には、大会報告書とともに送ることになっている。
優しい童話集だから、楽しくエスペラントの作品を味わっていただきたいと思っている。
62. Memoreldono: "DECIDO PRO AMO"
記念出版「愛の決断」
報告者 Akira
LKKの独自活動としてこの本を発行しました。印刷・製本・裁断まですべて私たちの手で作った本ですが、エスペラントの歴史に小さいけれど価値ある足跡を残したと自負しています。
日本大会の遠足の下見に八百津の杉原千畝記念館を訪れたのは2003年の6月でした。このときに、杉原千畝の生涯を紹介した小冊子「愛の決断」(八百津町発行)があることを知り、そのエスペラント版発行の構想が持ち上がり、まず八百津町の許可を得ました。翻訳を猪飼吉計さんが引き受け、第一稿ができあがったのが5月の初め頃でした。もともとこの本は、学習研究社の「六年の学習」に掲載されたものを元に、八百津町の広報に三回に分けて連載されたものでした。そのため、エスペラント版の発行については、八百津町の承認だけでなく、著作権や写真の使用について学習研究社や、杉原家等々各方面に問い合わせました。杉原家からは、写真の使用について快諾をいただき、その他のことについても障害はなくなりました。この経過の中で、学習研究社の片岡優さん、大正出版の渡辺勝正さんにいろいろ教えていただきました。
「愛の決断」には日本語版の他、英語版とヘブライ語版があります。エスペラント版に使われている写真は、それらの中に使われている写真をスキャナでとったものです。出来るだけオリジナルに近い写真から取りたかったのですが、残念ながらそれらを借りることが出来ませんでした。しかし、最近の電子機器は優秀です。我々の素人細工でも、元の本に比べてそれほど遜色なく印刷できました。写真の枚数は、日本語版よりも多くなっています。文字を少し大きくして、写真を配置して、地図などはあらたに作図してページレイアウトを終えたのが5月の中旬でした。それから阪直さんの校正作業が始まりました。猪飼さんの他、山田義さん、黒柳吉隆さん、山本修さんも加わって、意見を出し、思ったより時間がかかりました。
7月中旬にほぼ完成し、とりあえず30冊を印刷製本して、北京の世界大会に持っていき、UEAのLibroservoを初めとするいくつかのエスペラント会や個人に配布しました。
世界大会後に阪さんから最終校正が届き、数人が集まって9月の初め頃に製本作業を行いました。発行部数は300。遠足参加者に配布するほか、リトアニアとイスラエルのエスペラント会や、関係各方面に寄贈し、残りは1冊300円で販売する予定です。
60. Kongresa Salono
ven. 13:00-20:30, sab.9:00-20:30, dim.9:00-16:00
大会サロン
概要
報告者 黒柳 吉隆
大会サロンは、エスペラント関係の出版物その他の情報交換の場として、また、大会出席者のサロン会場として202・の1室を用意した。LibroServoは、地元の名古屋エスペラントセンター(NEC)とJEIを中心に、出展者を募集した。展示用の机(1800×450)の数は、NEC:12、JEI:10、リブロテーコ東京:2を除けば、各1で、それぞれ出版物を展示したり、パンフレットを自由に持っていくようにしていた。
大会の会場の利用計画上、販売ができないのと掲示板以外の壁面にポスターを掲示することができなかったので、出展者、参加者双方に迷惑をかけたが、こういう機会でしか手にとって見られない地方からの参加者にとっては、良い情報入手の機会になったし、大会の雰囲気を盛り上げる要素にもなった。
特別出展としては、来年の世界大会の開催地、リトアニアのビリニュスの紹介冊子が多数展示され、美しい写真入のエスペラント解説つき冊子を自由に手に入れることができた。また、来年の大会(横浜)の参加者受付も行われたが、100名を越す登録があった。
なお、いわゆる「大会袋」に入れるチラシとの関連を付言すると、大会間際になって、「チラシを大会袋に入れて欲しいが、大会報に記載がないが」という問い合わせが来たが、その条件その他を示していなかった。過去の例を確認したところ、「過去の大会で、次のような理由で、大会関係以外のチラシは入れないことに決まった。ただし、LKKによっては、入れている。」ということだった。その理由とは、(1)肝心の大会の情報が紛れ込んでしまう。(2)大部分はそのまま屑篭に捨てられるので、ごみを出さないという時代の要請に合わない。(3)作業がたいへんである。LKKとしては、既に大会サロンの机を申し込んで、チラシを置くようにしている団体との公平性を保つために、同様の対応をしていただくように回答した。チラシは大切な情報源でもあるので、対応の仕方をLKKに任せるより、今回のようにするか、共通の机をLKKが用意するか、あるいは条件を決めて大会袋に入れるなど、ルールとして標準化しておく方が望ましいと思う。
出展者:16機関(中止:1機関)
Gicxeto 大会受付
報告者 Akira
窓口の仕事として、大会受付、会計、荷物預かり、各種案内、落とし物の管理等々を考えた。このうち、人手が必要なのはとくに大会受付と荷物預かりであり、たくさんの方に交代で手伝っていただいた。当日参加登録する人からの入金や、預かり金の返金など、かなりの現金授受があり、大会受付とは別に会計窓口を作ったので、金銭授受に関してのトラブルはほとんどなかった。混乱を避けるために、受付が集中する金曜日の午後と土曜日の午前には大会受付を廊下に移動したので、場所がわかりにくくなるなど、若干の混乱があった。
大会受付は、作業を出来るだけ単純にしたつもりだったが、私の準備不足で、数名の家族参加の方に大会記念品を渡してしまう失敗があった。
私自身は、サロン内の窓口に3日間座っていたが、上記の会計業務に加えて、写真の注文、会場の案内、落とし物の管理、様々な問い合わせ等々、雑多な仕事でかなり忙しい思いをした。
なお、会場の3カ所に掲示板を設置し、そのうちの1カ所(2階廊下)は、UKの
Rendevua Tabulo にヒントを得て、参加者が自由に使えるものとした。
Deponejo 荷物預かり
報告者 松本祐子
大会サロンの一角に、大会受付と並んで、荷物預かり窓口を置いた。
22日から24日までの荷物預かり総数は延べ146個。ただし、1人複数個の荷物を1個とした。
一番混雑した時間帯は22日の17時過ぎである。遠足から帰ってきた人が受付と荷物預かりに寄られたためである。24日の閉会式後がそれに次いで多かった。
荷札は1枚のエフに同一番号を2つ書いた物を用意し、大会番号を預かるときに記入し、半券を荷物につけ、もう一つの半券を参加者に渡した。
混雑時に多少の混乱はあったが、紛失、間違いなどのトラブルは全くなかった。
最後に残った引き取り忘れが1件あり、大会番号から本人を特定できたので、大会後に宅配便で送った。大会番号を記入しておいたのが幸いした。
大会運営者も番組に参加できるようにするため、交代者に作業の内容を引き継ぎ出来るよう、マニュアルを作り、リレー方式にして主担当者は要所でしめることにした。今回の主担当者はエスペラントがまだ拙く、また初心者の担当者もいたため、外国の方にうまく伝えられないことがあったので、荷物に関する最低限のコミュニケートは取れるよう、例文を作って添削してもらうなどしておくべきだったと思う。また、主担当者は肢体に障害を持っていたが、荷物を速やかに運んでくれる担当者が多くいて助けられた。どんな担当でも、できること、努力すれば可能なこと、不可能なことは把握して、助けを求めることは恥ではないと実感できたことは大きな収穫である。
最後に参加する方は、忘れ物をしないようよくよく注意してください。子供の遠足ではないので、名前を書いて置けないのですから。
Libroservo de Nagoja Esperanto-Centro (NEC)
名古屋エスペラントセンターNECの書籍展示
報告者 鈴木 善彦
出展内容:エスペラント書籍
特別展:「水害を乗り越えた竹中蔵書展」
エスペラント関係の書籍、テープ、CDなどを机10本で展示。その内、机1本を使い、エスペラントセンター関係の書籍を犬山大会記念として2割引で提供出来ることをPRした。その他に、机1本の上に古書を山積みにして、堀り出し物を探す楽しみを提供した。
特別展:「水害を乗り越えた竹中蔵書展」 エスペラントセンターのPRを兼ねて、竹中蔵書の一部を机1本を使い、展示した。日本で最も古い和エス辞典など貴重な辞書類を10冊ほど並べた。
Japana Esperanto-Instituto (JEI) (財)日本エスペラント学会
報告者 鈴木 邦生
書籍展示
本年は名古屋エスペラントセンターからの出品があったので、先方の出品リスト以外の本を展示した。講演に関連した
hundo de flandrio, vivbruligita が加わり、例年に劣らぬ関心を集めた。
Koresponda kurso fare de Esperanto-Societo
en Numazu
沼津エスペラント会通信講座
報告者 藤巻 謙一
通信講座受講者/修了者が多数来訪した。通信講座に関する資料もたくさん配布できた。新規申込者はなし。会議出席のため、担当者が席をはずしている時間が長かった。来年は複数の担当者を置き、常時対応できる体制を整えたい。
La kursgvidanto gxuis renkontigxojn kun multaj
kursanoj. Kvankam nova aligxo al la
kurso nulis, ni povis disdoni informilojn
al la interesitoj.
En la venonta okazo en Jokohamo, ni faros
nian standon multe pli ampleksa.
Japana Budhana Ligo Esperantista
日本仏教エスペランチスト連盟
Raportanto: Yamaguti Sin'iti
Ekspziciajxo: La libroj "Enkonduko en
Budhismon" kaj "Fabeloj el
la budhisma literaturo". La bulteno
de Japana Budhana Ligo Esperantista (JBLE)
kaj de Budhana Ligo Esperantista (BLE)
Ni ekspoziciis la librojn kaj disdonis senpage
la bultenojn.
Esperanta Servo エスペラント サービス
報告者 伊藤 照子
展示物:エスペラントロゴマーク入り文房具類全般
興味・関心が高かったもの:旗、キーホルダー、シール、バッチ、封筒。
よく聞かれたこと:値段の低いTシャツの入手について。
外国へのおみやげになるようなものへの要望が高い。
La Mondo de Esperanto エスペラントの世界
報告者 伊藤 照子
「エスペラントの世界」合本1988〜2002年 5冊展示 「エスペラントの世界」購読受付。4名の新規購読の申し込みを受けた。
昔購読していて現在は購読していない人がなつかしそうに開いてみてくれ再購読申し込みがあった。
EKAROJ エスペラントハム
報告者 田中 良克
アマチュア無線局 JA1FXZ/2 の開設。
屋上がなく使えず、アンテナは窓から地上に斜めに張り、短波用を準備。無線機はHF(3.5〜28mHz帯)、VUHF(50〜430mHz
帯)を準備し設置。大会場内外とエスペラントによる交信。遠足早朝散歩には行動中連絡に使用。周囲のエスペランティストが興味を持って質問する場面もあった。
Esperanta Klascxambro 「エスペラント教室」
Raportanto: TAKEZAKI Mucuko
Bildlibro
kaj vidovendo・CD・DVD pri E kaj prelegoj.
E宣伝用のビデオ・講演のCD・DVDとE絵本の展示など。
Lastatempe
la uzo de persona komputilo estas populara
kaj por faciligi la preze ntadon de la jam
farita Filmo, estis nove kopiita en CD・DVD.
Kaj pro tio la prezo estis malaltigita. Pro
sama kialo la Prelego de S-ro USUJ Hirojuki
en la 53a Tokaj Kongreso estis eldonita en
CD.【La parolado estis parolata en japana
lingvo kaj filmigita dum la Kongreso. Kaj
tiu enhavo estis sonbendigita ankasx en Esperanto
de S-ro USUJ por nia studo kaj baldasx
gxi estos eldonita kiel la Memorajxo de la
Kongreso. Ankasx ne la partoprenintoj povas
acxeti.】
これ迄にビデオで出していたE宣伝用映画〔20分〕をパソコンの普及に鑑み、CD・DVDで出すことにより安くできた。「53回東海エスペラント大会」での講演の一つ臼井さんの「エスペラント文学の可能性−どのようにエスペラント詩人はノーベル文学賞候補になったのか」と大会記念品としてその内に出されるE版は、一般の方にも是非、聞いて頂きたい。〔日本語版(映像
1時間)・E版(音声のみ 30分)共に 500円+
送料〕・他に絵本・村野敏之さん編纂 CD "Kurso
de Esperanto"・橋口成幸著「橋渡しの言葉エスペラント」など。
Librostando de Libroteko Tokio リブロテーコ東京
Librostando de Libroteko Tokio
Raportanto: Syoxzi Keiko
Libroteko Tokio prezentis cx. 40 eldonajxojn
inkluzive de novaj libroj "Raportoj
el Japanio 7" verkita de Hori Jasuo
kaj "nia PVZ-ado" de Itox Kanzi.
Yamamoto Mayumi kaj Usui Hiroyuki prezentis
sian libron "Gengoteki kindai wo koete"
jxus eldonitan de Akashi-Shoten.
Opinio
Mi nur deziras esprimi elkoran dankemon al
la organizantoj, kiuj tre afable kaj fervore
prizorgis la salonon.
Nakagaki-Biblioteko 中垣虎児郎記念文庫
Ne okazis.
Mevo-Libroj メーボ・リーブロイ
Raportanto: Doi Cxieko
Ekspoziciajxoj: libroj kaj aliaj varoj koncernaj
al Esperanto
Partoprenantoj el Jokohama Esperanto-Rondo
servis cxe la budo laux decidita ordo.
Kansaja Ligo de Esperanto-Grupoj 関西エスペラント連盟
報告者 峰 芳隆
La Movado見本号の配布
2005年の第53回関西エスペラント大会の案内配布
大変お世話になり、ありがとうございました。
Esperanto-Propaganda Asocio (EPA) エスペラント普及会
Raportanto: Yas Kawamura
Prezentis kaj disdonis ekzemplerojn de la
gazeto "Nova Vojo".
Dum la kongreso estis malfermata la budo,
kaj suficxe multe da vizitantoj (ne kalkulis,
pardonon!) ni akceptis. 1 persono aligxis
al EPA. Ekstera eldono de "Nova Vojo"
estis disponita cx. 100 ekzempleroj. Demando
kaj respondo, k.t.p.
LKK 大会実行委員会
報告者 藤木 修三
大会サロンのLKKの出展では、沢山のエスペランティストの方にお会いすることができました。ただ準備委員会にあまり出席することができなかったので、何を展示するのか、あまり頭に入っていなかったので、少し戸惑いました。もう少し、準備に時間をかけるべきでした。しかし大会受付の係りの方や、荷物係の方やその他のLKKの方、ボランティアの方々に助けられて何とか大きな問題もなく、終えることができました。また、ベトナムの民芸品とコーヒーがとても好評だった気がします。展示物の整理など、こちらも準備不足だったかもしれません。こちらは周りの女性の方々にとても助けられた気がします。ありがとうございました。
La 92a Japana Kongreso 第92回日本エスペラント大会
Raportanto: Doi Cxieko
Akceptis 160 aligxontojn.
Partoprenantoj el Jokohama Esperanto-Rondo
servis cxe la budo laux decidita ordo.
Centro de Internacia Informado pri Esperanto
Raportanto: KOBAYASHI Tsukasa
Ekspoziciajxo: Libroj
Malmultaj esperantistoj vizitis nian budon.
Oni ne havas intereson pri libroj.